固定ブロードバンドの実効速度に関する分析

固定ブロードバンドの実効速度に関する分析
中央大学実積寿也
T. JITSUZUMI@ July 6, 2021
公益事業学会（）

問題意識
固定ブロードバンドネットワークは社会生活のあらゆる活動を支える存在であるが、そのサービス
実態については不透明であり、利用者にとって合理的な購買決定を行うに足るだけの情報提供が行
われているとは言えず、適正な資源配分が確保されているとは言い難い。
出典：固定ブロードバンドサービスの品質測定手法の確立に関するサブワーキングループ第1回（2020/12/24）資料
消費者保護ルールの実施状況のモニタリング定期会合（第8回 [2020/6/24]）資料
消費者保護ルールの実施状況のモニタリング定期会合（第10回 [2021/2/2]）資料
ISPへの苦情（2019年度）通信速度等への苦情
（2020年度上半期）
2件？
182件？

研究目的・結果サマリ
本報告では2009年11月以来、報告者がほ
ぼ年一回のペースで計10回実施した、わ
が国の固定ブロードバンド実効速度調査
の分析結果（N=11,113）を報告し、政府
における議論への貢献を目指す。
主な結果
◦ 固定ブロードバンドの実効速度は平
均的に改善
◦ 上限速度に対する実効速度の比率は
低下傾向
◦ FTTHは実効速度水準が高いものの、
上限速度との比率についてはケーブ
ルインターネットに劣る

固定ブロードバンドの実効速度
固定ブロードバンド品質が議論される理由は、当該サービスが経済社会活動を支えているが故。
◦ ダウンロード速度に典型的に代表される通信品質は改
善を続け、そのうえで実現される各種サービスもます
ます高品質なものへ進化
◦ 高品質なサービスへの需要の高まりが、より高性能な
ブロードバンド回線への転換を後押し
（出典）https://help.netflix.com/ja/node/306?ba=SwiftypeResultClick&q=推奨されるインターネット接続速度

固定ブロードバンドの品質表示
ブロードバンド回線に関してはその提供品質が事前には確定不能であり、消費者に提供される速度
情報は、技術規格上の上限速度のみ。
◦ 実効速度については明記されず、「ベストエフォート」として提示。
◦ 「動画に最適」や「ゲームに最適」という説明文が付加される場合もあるが、それは一定の、もしくは一定以
上の品質保証を意味するものではない。
結果として、固定ブロードバンドの選択にあたり、消費者には必要な情報が十分に与えられず、想
定される利用コンテンツに対して適切な回線選択が不可能となっている。
出典：各社ホームページ

欧米の先行例
欧米での検討はわが国を大きく先んじ、実効速度情報を一般利用者に広く周知
◦ 2008年6月、英国情報通信庁（Ofcom）はネット利用者の満足向上のために固定ブロードバンド
の速度表示に関し自主基準（code of conduct）を制定
◦ ピーク時の実効速度が広告速度を1割以上下回る場合にはその速度を表示
◦ 両者の乖離が大きい場合には無料で中途解約を行うオプションを提供
◦ 2008年以降、英国内での計測結果を公表
◦ 米国では、連邦通信委員会（FCC）のイニシアティブの下、Measuring Broadband America
（MBA）プログラムとして、実効速度を2011年以降毎年公開
出典：https://www.ofcom.org.uk/about-
ofcom/latest/media/media-releases/2008/new-
rules-to-help-people-baffled-by-broadband-
speeds-ofcom-publishes-advice-for-consumers、
https://www.fcc.gov/reports-
research/reports/measuring-broadband-
america/measuring-fixed-broadband-tenth-
report

OTT事業者の試み
高品質なサービスを確実に提供するためには、利用者に適切な回線選択を保障することが重要であ
るため、実効速度の水準は、ブロードバンド上で各種サービスを提供するOTT事業者にとっても関
心が高い。そのため、一部OTT事業者は自社のサービス提供に重畳する形で回線品質の計測を行い、
一般に公開している。Google Video Quality ReportやNetflix ISP Speed Indexなどがその例である。

実効速度をめぐる訴訟
（出典）https://www.ftc.gov/news-events/press-releases/2021/05/ftc-sues-frontier-communications-misrepresenting-internet-
speeds?fbclid=IwAR09ltFMJE6pRA8W2il3tZqLR1ma66VMiyIaVT6FKCx_nwYsIqe51NopMow、https://arstechnica.com/tech-policy/2021/05/frontier-knowingly-
sold-internet-speeds-it-cant-deliver-ftc-lawsuit-says/#:~:text=Frontier%20violated%20the%20FTC%20Act's,capable%20of%20providing%20to%20these

実効速度計測方法の種類
ハードウェア方式
◦ 専用ハードウェアを計測顧客宅に設置
◦ 計測環境の標準化が可能。条件設定の自由度は高い
◦ 端末配布に莫大な費用と時間が必要
ソフトウェア方式（測定サイト or アプリ配布）
◦ 導入費用がハードウェア方式と比較して安価
◦ 一般配布もしくは周知により計測数の確保は比較的
容易（crowd計測）
◦ 計測環境・日時・頻度のコントロールは困難
◦ 計測タイミングのコントロールは不可能ではない
◦ 計測データの分散はハードウェア方式より大きい
◦ 計測アルゴリズムについてもそれぞれに一長一短

ソフトウェア方式のcrowd測定方法の比較
報告者の自宅環境において2021年2月にOokla社、Netflix社、USEN社、BNR社、Speedchecker社が
提供するcrowd測定サービスの比較を行ったところ、ダウンロード速度の測定平均値やその標準偏差
には大きな差が観測された。

ソフトウェア方式のcrowd測定方法の比較結果
Ookla（およびNetflix）の測定数値の高さ、変動係数の小ささが際立つ。

Ookla社による実効速度測定の統計的性質
計測環境を固定して実効速度を測定した場合、その値は確率変数として挙動する。
計測場所・使用機器
◦ 九州大学経済学部研究室
◦ DELL XPS 8500
◦ DELL XPS 420
◦ MacBookAir
◦ Surface 2
◦ 福岡市内自宅（NTTフレッツ光）
◦ DELL Inspiron
◦ Surface 2
計測日時：2014年1月から3月
測定サイト：Speedtest.net（Ookla社）
計測頻度：午後2時から30分間
研究室
自宅

今回の分析対象とした過去10回の計測
データ名称 Data FY2009 Data FY2010 Data FY2011 Data FY2012 Data FY2013
調査時期 2009/11/17-
2009/11/26
2011/1/25-
2011/1/27
2012/3/30-
2012/4/25
2013/3/14-
2013/3/19
2014/3/26-
2014/3/31
利用会社 gooリサーチ楽天リサーチ gooリサーチ（NTTレゾナント） NTTコム OMS
有効回答 1,117 1,000 1,024 650 1,022
測定サイト gooスピードサイト Ookla社スピードテストサイト（http://speedtest.net）
性別（男） 60.3% 56.9% 63.2% 67.2% 63.2%
年齢 45.0歳 44.3歳 39.9歳 50.4歳 48.6歳
世帯年収 664万円 595万円 603万円 611万円 597万円
ネット利用月額 4,959円 4,776円 4,070円 4,673円 4,704円
ネット利用経験 12.4年 13.7年 12.6年 9.36年*
注*:9年以上は10年と見なして平均値を算出
データ名称 Data FY2015 Data FY2016 Data FY2017 Data FY2019-1 Data FY2019-2
調査時期 2015/4/28-
2015/4/30
2016/5/26-
2016/5/30
2018/1/25-
2018/1/30
2019/7/31-
2019/8/3
2020/3/26-
2020/3/30
利用会社マクロミル NTTコムオンライン・マーケティング・ソリューション（OMS）
有効回答 1,264 1,067 1,504 1,000 2,069
測定サイト Ookla社スピードテストサイト（http://speedtest.net）
性別（男） 50.5% 52.3% 51.0% 49.9%
年齢 41.7歳 45.8歳 47.2歳 45.3歳
世帯年収 520万円 572万円 631万円 580万円 532万円
ネット利用月額 4,461円
ネット利用経験 9.32年* 9.37年* 9.4年*

実効速度平均値の推移
実効速度はダウンロードとアップロードの双方向で年々順調に増加
ダウンロード実効速度と上限速度との比率はやや減少傾向

ダウンロード実効速度のデータ

実効速度変動要因特定のための推計式
被説明変数
◦ 測定速度の対数値 or 測定速度の上限速度に占める比率の対数値
説明変数
◦ 定数項
◦ アクセス回線種別
◦ Wi-Fi利用の有無
◦ 契約上限速度（ダウンロード）
◦ アクセス回線提供会社の系列（NTT系列であるか否か）
◦ 端末機器の種別（パソコンか否か）
◦ ISPの系列（NTT系列であるか否か、ケーブルテレビ系列であるか否か）
◦ 計測年次ダミー（default＝2010年度）
◦ 計測曜日ダミー（週末か否か）
◦ 計測時間ダミー（default＝20～24時）
◦ 計測地域ダミー（default＝関東地方）

パラメータ推計結果
測定速度自体の対数値を被説明変数にしたモデ
ルについては、最小二乗法によるパラメータ推
計を行う。一方、測定速度と上限速度との比率
の対数値を採用したモデルについては被説明変
数に最大値（100%）が存在するため、切断分
布として最尤法を用いている。
説明変数間の多重共線性についてはVIFにより
許容範囲内であることを確認

計測から得られた知見：実効速度について
実効ダウンロード速度
1. FTTH > cable internet >その他の回線、の
順で有意に高速
2. Wi-Fi利用時には有意に低速
3. アクセス回線がNTTにより提供されてい
る場合には有意に低速
4. 速度水準は年々増加傾向
5. 計測時間帯によって速度水準には有意な
差がある
6. 関東圏はそれ以外の地域と比較して有意
に高速
実効アップロード速度
7. FTTHを利用する世帯では有意に高速
8. 速度水準は2011年に有意に増加した後、
その水準を維持
9. 週末は有意に低速
10. 計測時間帯により大きな差がある
FTTHについては、戸建タイプとマンションタイプの間で実効速度に差がある可能性があった
が、この点については別途パラメータ推計を行い、有意差が存在しないという結果を得た。

知見④および知見⑤について
知見④および⑤が切片に与える影響をグラフ３に示す。
切片の水準
e0.893=2.44
切片の水準
e0.893=2.44

計測から得られた知見：実効速度と上限速度の比率
ダウンロード
11. FTTHやWi-Fiを利用する世帯では有意に
低水準
12. 上限速度が高くなれば比率が有意に低下
13. 計測年度との関係では一定のトレンドが
ない
15. 関東圏はそれ以外の地域と比較して有意
に高水準である
アップロード
16. 上限速度が高くなれば比率が有意に低下
17. NTT系列ISPを利用している世帯では有
意に低水準
19. 東北エリアは有意に高水準
注目すべきは、実効速度と上限速度の比率と上限速度の水準との関係が、ダウンロードとアッ
プロードの双方についてマイナスの関係を持つこと
ブロードバンド競争が、実効速度への配慮が十分には担保されない、技術的
な上限速度だけのものになっていることを示唆

計測結果の活用
クラウドベースで満足のいく計測結果を得るためには膨大な計測回数が必要
◦ 実効速度の各年度の計測平均（標準偏差）
◦ ダウンロードは6.2～37.5Mbps（3.4～8.7Mbps）
◦ アップロードは3.4～35.7Mbps（2.9～11.9Mbps）
◦ 広告メッセージにおける実効速度表示を対数表示とし、
その範囲を±2σとした場合、その範囲を平均値の上下
10％の枠内に毎年収めようとするなら、各年度における
計測数を平均13.5万回程度までに拡張する必要がある。
今回抽出された要因を用いれば必要数は大幅に減少
◦ 例えば、NTT東西が提供しているFTTHでWi-Fiを介さず
にネットに接続している世帯に限定すれば、ダウンロー
ドについては2万回、アップロードは3万回に減らすこと
ができる。
ドコモの例
出典：https://www.nttdocomo.co.jp/area/effective_speed/

結論
実証分析の結果、わが国の固定ブロードバンドの実効速度の状況が明らかになり、その絶対水準お
よび上限速度との比率を左右する各種要因が抽出された。
◦ 現在、総務省で固定ブロードバンド実効速度計測方法が検討されているが、その際、本稿で明ら
かになったような要因をコントロールしなければ、相互比較可能なデータ、すなわち、消費者の
回線選択を最適化できるデータが得られない。
◦ 要因をコントロールすることにより、意味のある推計結果を得るための計測回数を削減できる。
実効速度と上限速度との乖離が、より高速度を謳うサービスほど大きいという結果は、利用者に
とって不誠実な市場環境となっており、合理的な事業者選択を阻害
◦ 消費者保護の観点から早急なルール作りが要請される。

crowd計測結果の客観性への疑問
Ookla社の速度測定サービスについては全てのパラメータが明らかにされているわけではなく、また
計測結果について独立の第三者による監査が行われているわけではない。
出典：「固定ブロードバンドサービスの品質測定手法の確立に関するサブワーキングループ」第一回会合資料
速度測定サイトの客観性・真実性につ
いての懸念は、仮に今後、政府によっ
て公式測定サイトが運用されるように
なった場合でも解消は不可能
独立の第三者による監査が実施され、
アルゴリズムのパラメータが完全に公
開されたとしても、サンプルセレク
ションバイアスの影響は取り除けない。
計測された絶対水準で議論することは
意味がない。

計測結果の客観性への対応
実測値水準は計測アルゴリズムやシステム構成によって左右されることを理解し、実効速度公開の
目的が消費者の回線やISPの選択を合理的にするためであることを踏まえることが必須
であるならば、必要な情報は利用可能回線やISPの速度の相対値
実測値水準ではなく、特定地域における各社サービス
の相対的順位であるならば、民間で既に設置されてい
るものを含む複数の測定サイトで独自に計測した値を
相互比較し、キャリアの公式サイト上の測定値の時系
列方向の変動がトレンドから乖離したものとなってい
ないかを検証することで、問題への対処は可能
実測値と大幅に乖離した技術的上限値を並べて表示す
ることの正当性についての議論、もしくは、それらを
正しく解釈するための消費者リテラシー改善策の検討
は必須
なお、絶対水準との目安については、
コンテンツ事業者が提供している推
奨通信速度と事後的に比較すること
で得ることが可能
ただし、実効速度がある一定値を超
えると、レイテンシやジッタがQoE
に大きな影響を及ぼすことには注意
＋
通信速度以外の要素への着目が今後は必須

参考文献
◦ Bauer, S., Clark, D., & Lehr, W. (2010, August 15). Understanding broadband speed measurements [Conference
presentation]. TPRC 2010, Arlington, VA, United States. https://ssrn.com/abstract=1988332
◦ Bauer, S., Lehr, W. & Mou, M. (2016, March 31). Improving the measurement and analysis of Gigabit Broadband
Networks. http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.2757050

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