13. 材料科学の基礎 13/18
[4]補足
4-1 Schrödinger の波動方程式はどのように導かれるのか ?
波の方程式 波には、水の波、音の波、テレビやラジオなどの電波をはじめとしていろいろなも
のがあるが、振動数の を、伝播速度を v とすれば、どれもひとつの一般式、すなわち次式の正弦
波で表すことができる。
x
y = A sin 2πν − t (4.1)
v
同様に、同じ振幅、振動数で振動し、その伝播方向のみが逆向きの波同士の重ね合わせで表され
る定常波の式は、(4.2)で記述される。
x x
y = A sin 2πν − t + A sin 2πν + t
v v
x
= 2 A sin 2πν ⋅ cos 2πν t (4.2)
v
これは、位置 x を含む部分と時間 t を含む部分が分離されているので、前者を(4.3)のように定義
すると、
x
φ ( x) = 2 A sin 2πν (4.3)
v
y = φ ( x ) cos 2πν t (4.4)
となる。 上式を x で 2 回偏微分したものと、 で 2 回偏微分したものを比較すると、 式が成立
t (4.5)
することがわかる。
∂ 2φ ( x) 4π 2ν 2
+ φ ( x) = 0 (4.5)
∂x 2 v2
これは、 次元の定常波に対する波動方程式(波が従うべき方程式)である。 これを、 次元に拡張
1 3
すると
∂ 2φ ( x, y, z ) ∂ 2φ ( x, y, z ) ∂ 2φ ( x, y, z ) 4π 2ν 2
+ + + φ ( x, y , z ) = 0 (4.6)
∂x 2 ∂y 2 ∂z 2 v2
空間に閉じ込められた粒子についての波動方程式 今、粒子のもっている全エネルギーを E と
すれば、E は運動エネルギー T とポテンシャルエネルギー V との和である。
E = T +V (4.7)
1
ここで、粒子の質量を m とすれば、運動エネルギーは、
T= mv 2 であり、さらに、運動量
2
p = mv
の関係を用いると、(4.7)は次式のように記述される、
p2
E= +V (4.8)
2m
すなわち、
p = 2 m( E − V ) (4.9)
14. 材料科学の基礎 14/18
となる。 ところで、(4.10)式で表される de Broglie の式 (粒子の波動性を表す式)を考慮すると、
h h
λ= = (h: Planck 定数) (4.10)
p mv
上式に、(4.9)式を代入して
h
λ=
2 m( E − V ) (4.11)
ここで、波の速度v = νλ で表されるから、これを考慮し、(4.11)を(4.6)式に代入し整理すると、
Hφ ( x, y, z ) = Eφ ( x, y, z ) (4.12)
2 ∂2 ∂2 ∂2
H =− 2 + 2 + 2 + V ( x, y , z ) :
ここで、 2m ∂x
∂y ∂z
ハミルトニアン (系の全エネルギーに相当
h
する演算子, また、
=
2π である。 上式(4.12)が、時間を含まない Schrödinger の波動方程式と
呼ばれるものである。
4-2 原子内の 1 個の電子に対する Schrödinger の波動方程式
式(4.12)を極座標表示( x = r sin θ cos ϕ , y = r sin θ sin ϕ , z = r cos θ )すると、次式のように表
される。
2 1 ∂ 2 ∂ 1 L2
H =− r − + V (r ,θ , ϕ ) (4.13)
2m r 2 ∂r ∂r r 2 2
ここで、L は電子の軌道角運動量に相当する演算子であり、
1 ∂ ∂ 1 ∂2
L2 = − 2 sin θ + (4.14)
sin θ ∂θ ∂θ sin 2 θ ∂ϕ 2
原子内の 1 個の電子に作用するポテンシャルエネルギー V は、核電荷+Ze を有する原子核との間
に生じるクーロンポテンシャルであり、 (4.15)式で記述される。
1 Ze 2
V =− (4.15)
4πε 0 r
これを(4.13)式に代入して得られる次式が、原子内の電子の状態を記述する波動方程式である。
2 1 ∂ 2 ∂ 1 L2 1 Ze 2
− r − 2 2 − φ = Eφ (4.16)
2me r 2 ∂r ∂r r 4πε 0 r
ここで、 e は電子の質量である。 上記(4.16)式の Schrödinger 方程式は解析的に解くことができ、
m
以下のように与えられる (詳細な数学的プロセスは “Quantum Mechanics”, L. I. Schiff 著, 井上
、
「
健 訳, 吉岡書店」(上巻)などを参照)。
φ nlm (r , θ , ϕ ) = Rnl (r )Ylm (θ , ϕ )
l l (4.17)
15. 材料科学の基礎 15/18
(4.17)式が原子内における電子の状態を記述する波動関数であり、は動径波動関数 Rnl (r ) 、及び
Ylm (θ ,ϕ )
波動関数の角部分を表す球面調和関 l で表される。 そして、両関数は以下のようになる。
2 l
4(n − l − 1)! Z 3 2 ρ − ρ n 2l +1
R nl (r ) = − 4
n [ (n + 1)!] a 0
3 n e Ln + l ( 2 ρ / n )
(4.18a)
n −l −1
[(n + l )!] 2 s k
ここで、
L 2 l +1
n+l ( s) = ∑k =0
(−1) k + 2l +1
( n − l − 1 − k )!(2l + 1 + k )!k!
ラゲール(Laguerre)の陪多項式 (4.18b)
4πε 0 2
ρ = (Z / a0 )r , a0 =
me e 2 :ボーア半径=0.5292 [Å]
(2l + 1)(l − | ml |)! | m |
Ylm (θ ,ϕ ) = (−1) ( m +|m |) / 2 l l
Pl (cosθ )eim ϕ l l
(4.19a)
l
4π (l + | ml |)!
1
|ml | d |m |
l
ここで、 Pl ( w) = (1 − w )
|ml | 2 2
Pl ( w)
dw|m | l
ルジャルドル(Legendre)の陪多項式 (4.19b)
l
1 d
Pl ( w) = ( w 2 − 1) : Legendre の多項式 (4.19c)
2 l l! dw l
φ nlm (r , θ , ϕ )
また、波動関数 l に関しては次式が成立する。
Hφnlm (r ,θ , ϕ ) = Enφnlm (r ,θ ,ϕ )
l l (4.20)
mee 4 Z 2 e2 Z 2
E =− =−
ここで、 n (4πε 0 ) 2 2n 2 2 2a0 n 2 (n = 1, 2, 3, ….)
L2φnlm (r ,θ ,ϕ ) = 2l (l + 1)φnlm (r ,θ ,ϕ )
l l (l = 0, 1, 2,…, n–1) (4.21)
LZ φnlm (r ,θ ,ϕ ) = mφnlm (r ,θ ,ϕ )
l l (ml = –l, – (l–1),…–1, 0, 1, … (l–1), l) (4.22)
ϕ
L Z = −i
ここで、LZ は軌道角運動量の Z 成分の演算子で、 ∂ϕ
φnlm (r ,θ ,ϕ ) 2
式(4.20)~(4.22)は、波動関数 l で記述される電子状態が、演算子 H, L , LZ (L の Z 成分)
それぞれ、 n, l (l + 1) ,
E ml
の固有関数であるとともに、その固有値は量子化され、 で表される
ことを示している。
波動関数の解釈(量子力学における最大の仮定) 電子が r~r+dr, θ~θ +dθ, ϕ~ϕ +dϕ の範囲
16. 材料科学の基礎 16/18
| φnlm (r ,θ ,ϕ ) |2 r 2 sin θ dr dθ dϕ = r 2 | Rnl (r ) |2 | Ylm (θ ,ϕ ) |2 sin θ dθ dϕ
に見出される確率は、 l l
| Ylm (θ ,ϕ ) |2
で与えられる。 その内、 l は、電子軌道の形を表している。 (図 1.3 及び図 1.4 に示
| Ylm (θ ,ϕ ) |2
した各電子軌道の形は、各軌道における l の形そのものである)
3.3 正常 Zeeman 効果
強さ I の電流が面積 S を囲む閉曲線に沿って流れているときは、磁気モーメントをが
µ = IS (4.23)
の磁石として観測される。…… Ampère の等価磁石の法則
今、これを半径 a の円を、電荷–e の電子が反時計方向に速さ v で回っているとすると、電流 I は式
(4.23)で表される。
e ev
I =− = (4.24)
T 2πa
また、閉曲面の面積 S は、 S = π a 、電子の軌道角運動量 L は、L = me av と記述されるから、
2
電子のもつ磁気モーメント電 は(4.25)式で記述される。
eL
µ=− (4.25)
2 me
このような磁気モーメントこ電子が真空の磁場内にあると考える。 磁束密度の向きを+Z 方向
にとり、その大きさを B とすると、磁場と磁気モーメントとの相互作用エネルギー U は、
eHLZ L
U = −µ ⋅ B = µ Z ⋅ B = = µB B Z (4.26)
2 me
e
µB =
ここで、 2me : Bohr 磁子 (Bohr magneton)
(4.26)式で、電子のもつ軌道角運動量の Z 方向成分 LZ は(4.22)式で表されるように量子化されて
おり、それを(4.26)に代入すると、磁気的エネルギー U は、
U = µ B Bml (4.27)
上式のように、磁界中に置かれた原子の磁気的エネルギーは、電子の磁気量子数 ml の違いによっ
て異なってくる。
3-4 共有結合
なぜ 2 つの原子間で電子を共有すると結合力が
生じるのか? この疑問は、Heitler と Lomdon により
解決された。 これについて水素分子を使って紹介
する。
2 個の水素原子 A( 陽子 a と電子 1 で構成 ) 及び
図 3.1 水素分子における電子及び原子核(陽子)の配置
17. 材料科学の基礎 17/18
B(陽子 b と電子 1 で構成)が図 3.1 で示されるような配置をもっていたとする。 このとき系全体
のエネルギーに対応するハミルトニアンは、(4.28)式で記述される。
2 2 e2 1 1 1 1 1 1 e2
H =− ∆1 − ∆2 − + + + − + (4.28)
2m 2 2me 4πε 0 ra1 ra 2 rb1 rb 2 r12 4πε 0 R
(4.28)における右辺の第 1, 2 項は 2 つの電子(1, 2)の運動エネルギーである。 また、 ]の中には
[
2 つの電子(1,2)と 2 つの陽子(a, b)とのクーロン相互作用及び電子 (1,2)間のクーロン反発力が記
述されている。さらに、最後の項は陽子(a, b)間のクーロン反発項である。
上記(4.26)のハミルトニアンを用いて、図 4.29 の系が満たすべき波動方程式は、その解である
波動関数及びその固有値を E として、
HΨ = EΨ (4.29)
(4.29)式は解析的に解くことはできないので、水素原子が十分に離れているときの電子 1,2 の状
態を記述する波動関数、すなわち 2 つの水素原子の 1s 軌道軌a(1)及び及b(2)の積を積の近似解と
する。すしかし、水素分子内では、電子 1, 2 が陽子 a, b のどちらに所属するかは区別できないの
で、(4.30)式のように電子 1, 2 を入れ替えた関数を同じ重みで加えてをの近似解とする。
ψ (1,2) = C [ χ a (1) χ b (2) + χ a (2) χ b (1)] (4.30)
ここで、C は定数
ここで、電子の存在確率を表す |Ψ (1,2) | を電子 1,2 が存在し得る全空間(体積要素 dτ1 dτ2)に
2
おいて積分したものは 1 であるはず、すなわち
∫Ψ (1,2)Ψ (1,2)dτ 1 dτ 2 =1
*
(4.31)
が成立するはずであり、従って、これにより定数 C は(4.32)式で与えられる。
1
C=
2(1 + S 2 ) (4.32)
S = ∫ χ a (1) χ b (1)dτ 1 = ∫ χ a (2) χ b (2)dτ 2 (4.33)
ここで、
上記の S は重なり積分とよばれ、2 個の水素原子の電子軌道の重なりの度合いを表す。
(4.29)式及び(4.31)式より波動関数Ψ (1,2) は(4.33)式で与えられる。
1
ψ = [ χ a (1) χ b (2) + χ a (2) χ b (1)] (4.34)
2(1 + S 2 )
ところで、水素分子のエネルギー E は(4.29)式と(4.31)式から、次式で表される。
E = ∫ ∫ψ * (1,2)HΨ (1,2)dτ 1 dτ 2 (4.35)
(4.34)式を(4.35)式に代入し整理すると、水素分子のエネルギー E は(4.36)のように与えられ
18. 材料科学の基礎 18/18
る。
J+K
E = 2E H + (4.36)
1+ S 2
ここで、EH は孤立水素原子における 1s 軌道電子のエネルギーである。
2 1 1
ここで、
EH =
∫ χ a (1) −
2 me
∆1 + χ a (1)dτ 1
4πε 0 ra1
(4.37)
(注: 上式(4.37)の右辺において、a を b に、あるいは 1 を 2 に置き換えても(4.37)式は成立する)
一方、 K はそれぞれクーロン積分、
J, 交換積分と呼ばれるもので(4.38), (4.39)式で与えられる。
∫∫
e2 1 1 1 1
J= χ a (1) χ b (2) − − + χ a (1) χ b (2) dτ 1 dτ 2 (4.38)
4πε 0 r12 rb1 ra 2 R
∫∫
e2 1 1 1 1
K= χ a (1) χ b (2) − − + χ a (2) χ b (1)dτ 1 dτ 2 (4.39)
4πε 0 r12 rb1 ra 2 R
以上から、 水素分子形成における共有結合エネルギーについて考える。 (4.36)式において右
辺の第 1 項の 2EH は、2 つの水素原子が十分に離れている際の全電子エネルギーに相当する。
第 2 項におけるクーロン積分 J と交換積分 K はともに負の値をとる。 すなわち、 2 項分
第
だけ水素分子は孤立した 2 つの水素原子の状態よりも安定化することになり、 この第 2 項
が水素分子の共有結合形成における結合エネルギーに相当する。 そこで、この第 2 項に含
まれるクーロン積分 J と交換積分 K の物理的意味合いについて考える。 孤立した水素原子
において、電子はその原子内で陽子とのみクーロン相互作用をする、しかし、水素分子内で
はもう一方の水素原子内の陽子との間にもクーロン相互作用が生じ、その分だけより安定
化している。 この安定化が(4.38)式で表されるクーロン積分である。 一方、交換積分 K を定
義した(4.39)式の右辺の被積分関数をながめると、(4.38)式のクーロン積分とは異なり、{ }
部をはさむ水素原子の 1s 波動関数波において、電子の入れ替えが起こっている。 これは水
素分子内において、もはや 2 つの電子の識別がつかないことによる安定化の作用(共有結
合の本質)を定量的に表している。
3-5 配向力 (双極子–双極子 相互作用)
一酸化炭素(CO)などのように異なる 2 原子から構成される分子では、それぞれの原子の電
気陰性度の違いから、電気陰性度の低い原子から高い原子の方へ電子が偏り、常に分極が生
じる。 これは、電気双極子であり、 常に存在するといった意味で永久双極子と呼ばれる。 も
し、電荷の偏りの大きさを q[C]で、分子内の 2 原子間距離を l [m]とすれば、分子の双極子モ
ーメントー の大きさはの = ql [Cm]で表される。
ここで、このような永久電気双極子を有する極性分子間の相互作用を考える。 双方の電
気双極子を気 1 及び及 2 とし、それらの中心間の距離を R とする。 ここで、電気双極子こ 1 に
よりよ 2 に位置に生じる電界 E1 は (4.40)式で与えられる。
19. 材料科学の基礎 19/18
1 µ1 3( µ1 ⋅ R1R
)
E1 = R3 − (4.40)
4πε 0 R 5
このとき、 電界 E1 の元に置かれた電気双極子の 2 に作用する電気的ポテンシャルエネルギ
ー U(R)は、次式で与えられる。
U (R ) = − µ 2 ⋅ E 1 (4.41)
式(3.40)を式(3.41)に代入すると、
1 µ1 ⋅ µ 2 3( µ1 ⋅ Rµ µ 2 ⋅ RU
)( )
U ( R) = − R3 − (4.42)
4πε 0 R 5
上式のポテンシャルは 2 つの電気双極子の内積に依存する。すなわち、双極子同士がなす角
度に依存する。 しかし、実際の場面において、分極分子はともに熱運動をしているので、 両
者の双極子のなす角度者 はさまざまな値を取り得る。 従って、2 分子間に作用するポテン
シャルは、それらの双極子がなす角度分布で平均化されたもの<U(R)>になる。 それを式で
表せば、次式になる。
∫
< U ( R ) >= U ( R;θ ) P (θ ) (4.43)
ここで、P(θ)は、両双極子のなす角度がは である確率である。
ところで、熱運動をしている分極分子間の双極子同士がと の角度をなす確率 P(θ)は、その
ときのポテンシャルを U(R,θ)とすれば、Maxwell-Boltzmann 分布 e
–U(R, θ)/kT
(T は分極分子の
温度 [K])に比例するはずである。 これを式で表すと、
U ( R ,θ )
∫ U ( R , θ )e
−
kT
sin θdθ
< U >= U ( R ,θ ) (4.44)
∫e
−
kT
sin θdθ
上式は、近似的には(4.45)式のように与えられる。
2 1 µ12 ⋅ µ 2 1
2
< U >= − (4.45)
3 4πε 0 R 6 kT
3-6 誘起力 (永久双極子–誘起双極子 相互作用)
水素分子(H2)や酸素分子(O2)のように同じ原子より構成される分子では上述の永久双極子
モーメントは存在しない、 いわゆる無極性分子である。 しかし、これらの分子内の電子は外
部電場 E の作用でゆらぎ、その結果、分極して双極子モーメントの が生じる。 これを式で表
すと次式のようになる。
µと αE ここで、こ は分子が固有に有する分極率 (4.46)
=
また、これにより無極性分子に作用するポテンシャルエネルギーは、次式のようになる。
1
U = − αE 2 (4.47)
2
上記のことをもとにして誘起力について考える。 誘起力とは、(i)で述べた永久双極子モー
メントを有する極性分子と無極性分子との間の相互作用のことである。その相互作用の本
質は、極性分子により生じる式(4.40)で表される電場 E が無極性分子の、外部電場 E として