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人間にできること
人間 vs 機械
Part I 進化と自然認識
丸山不二夫
労働の現場では、機械やロボットに代替可能な肉体
的な労働と、技能に基づく熟練労働のいずれもが減
少する一方で、誰が行っても同じ効果が求められる、
定型的なルーティン・ワークが増大しています。これ
らの没個性的な労働の一部あるいは全部が、いず
れは、コンピュータによって代替されるかもしれない
という不安は、情報化社会に生きる人間の意識を深
いところで規定していくでしょう。
丸山不二夫 2000
私は人間が有り余るほどの時間の中でゆっくりと暮
らすべきだと思います。人々のニーズを満たすため
に誰しもが己を捨ててまで忙しく働かなければいけ
ない、という考え方は間違っています。問題なのは、
人々がそういったことを間違いであると認識できて
いないところにあるんです。また、人間は何もするこ
とがなくなったら幸せじゃなくなってしまうと思ってい
ることも問題です。
Larry Page 2014
Agenda
 生物と人間と機械
 人間の感覚能力の拡大
 言語能力の獲得と進化
 機械の誕生と進化
 数学的認識の誕生と発展
 機械に出来ること
 人間と機械との「共生」
生物と人間と機械
生物・人間・機械の同一性と差異の論点は、
多岐にわたる。ここでは、そのいくつかを取り
上げる。
生物の進化と人間の進歩
 人間を含む生物と、機械との違いは明確であるよう
に思う。人間と人間以外の生物とは、多くの共通点
を持っている。
 生物と人間の違いについて、最初に確認すべきこ
とは、生物の進化と人間の進歩は、別の原理に基
づくということである。
 生物の進化は、自然が適者を選択する客観的な過
程であるのに対して、人間の進歩は、人間の目的
意識に基づく主体的な選択の結果として生まれる。
生物と人間の「知的能力」
 生物と人間の違いを、感情・意思・知識といった
知的能力の有無で説明しようとすることもある。た
だ、少なくない動物達は、感情・ 意思・ 知識を
持っているように見える。それらの有無で、動物と
人間を区別するのは難しい。
 それらは、個体を維持するための食欲、種を維持
するための性欲、外部の環境に適応するための
記憶の利用等に起源を持つ。
 全ての生物は、自然の中で生き抜くために、プリ
ミティブな「知的能力」を持つといっていい。
人間の言語能力と自然認識能力
 人間の知的能力の最大の特徴を、その言語能力
である。動物は、人間のように言語を操る能力を
持たないし、機械もまた、現状では言語を十分に
は理解出来ていない。
 人間の知的能力の発展として重要なものに、自
然科学と数学の発展がある。それは言語能力を
土台とした、人間の自然認識能力の拡大として捉
えることが出来る。
 こうした問題意識は、「人間と機械」という主題か
らは、狭いものに思われるかもしれないが、機械
の登場を可能にした母胎は、科学技術である。
機械の思考は可能か
 現代の脳研究をドライブしている最も強い信念の
一つは、我々の思考の過程が、基本的には、生
化学的・物理的過程、いわば、機械的な過程に還
元出来るというものである。
 それは、我々人間を、DNAでコードされたタンパ
ク質で出来た機械とみなすことに等しい。
 機械の思考は可能か? こうした問いに対する、
還元主義的な立場からの、最も単純な答えは、
「可能である。我々自身を見よ。」というものであ
る。
機械の「進化」
 機械の「進化」は、我々人間の目的意識と主体的
コミットメントの結果として行われてきた。
 機械に対して、我々は創造主としてふるまう。
我々は我々自身に似せて、機械を作る。我々は、
我々の知能のすべてを機械に移そうとするだろう。
 だから(しかしながら)、「機械の無能さ」と思われ
るものは、正確に、我々自身の無能さを指し示し
ている。
人間の感覚能力の拡大
感覚は、生物が外界を認識するために、進化を通じて
発達させてきた能力である。
人間は、生物学的な進化以外の方法で、感覚の拡張
を果たしてきた。こうした拡張は、主要には、20世紀
においてなされた。
長さ・重さ・位置・時間について、生物にビルトインされ
た体性感覚をはるかに上回る精度の認識を、人間は
得ることが出来る。
感覚能力の拡大
 顕微鏡や望遠鏡は、我々の視覚能力の拡大である。同様
に、光学的な原理に基づくものではないにしろ、電子顕微
鏡や電波望遠鏡も、我々の視覚の拡張と考えていい。レ
ントゲンやCT, MRIも同様である。
 ガスクロマトグラフィー・質量分析器・分光分析器も、嗅
覚・味覚に代わる、我々の対象認識の拡張手段である。
対象は限られているが、DNAシーケンサーは、我々の生
物学的基礎に対する、最も重要な認識手段である。
 素粒子物理の分野での巨大な加速器も、我々の感覚能
力の拡張と考えることが出来る。
CERN: We've Got the 'God Particle'
我々の自然認識
機械が
人間の感覚能力の拡大を可能とした
 こうした人間の感覚能力の拡大は、機械によって支えられ
ている。機械の助けなしでは、それは不可能であった。現
在の我々人間の自然認識の能力は、機械の能力と一体
のものである。
 それでは、これらの機械は感覚を持つのだろうか? 観測
機械の振る舞いは、物理過程に帰着する(それは、生物
の感覚器官の働きも同様であるのだが)のだが、その結
果を人間が解釈することで、それは人間の感覚能力の拡
大となる。
 網膜がそれ自体では視覚を持たないのと同じように、観
測機械もそれ自体では、感覚を持っている訳ではない。
人類の感覚器官
 もう一つ重要なことは、宇宙の観測にしろ加速器
にしろ、ナショナルあるいはインターナショナルな
プロジェクトとして遂行れていることだ。それは、
個人の感覚能力の拡大というよりは、集団的な人
間の感覚能力の拡大である。
言語能力の獲得と進化
言語能力の有無が、人間と他の生物を分つ
最大のものだということは既に、述べた。
言語能力の獲得
 人間の知能を飛躍的に発展させたのは、30万年
前に獲得した言語能力だった。それは、個体間の
コミュニケーションを豊かに発達させた。
 一人しか話者がいない言語は、存在の意味が無い。
言語は、その言語を話す集団の存在を前提とし、
本質的に、社会的な性格を持っている。それは、人
間の社会性と、もっとも深いところで結びついてい
る。
 それはまた、目の前の具体的なモノの世界を抽象
的な概念の世界に移し替えることを可能にした。
文字・メディア・ネットワーク
 「文字」の発明は、人間の言語能力の拡大である。
それは、記憶の時間的制限を超えた情報伝達を
可能にした。情報の蓄積の媒体として、多様な「メ
ディア」が登場する。
 情報伝達の空間的拡大は、書物の伝播の物理
的制限を超える情報通信技術「ネットワーク」の発
明によって可能となった。
 今日では、「ネットワーク・メディア」が、共時的・通
時的コミュニケーション双方の中心的舞台になり
つつある。
言語能力の獲得
30万年前
口承文学
文字
文字
メディア
機械の誕生と進化
機械が一般に普及するのは、18世紀の産業革命以
後だが、機械の新たな進化が加速したのは、この数
十年のあいだである。コンピュータとネットワークは、
機械のあり方を一新した。
機械
http://socserv.mcmaster.ca/econ/ugcm/3ll3/ure/PhilosophyManufactures.pdf
機械
機械
コンピュータ
コンピュータ
インターネット
数学的認識の誕生と発展
プリミティブな数学的認識、量的な関係の認識
は、文字の誕生と、ほぼ同じ時期に生まれた。
数学的認識の飛躍は、「科学革命」を通じた
自然認識の深化の中で起きる。
数学は、我々にとって、自然認識の不可欠の
手段である。
√2 = 1.41421296...
バビロニアの数学
4000年前
a2+b2=c2
http://bit.ly/1vDqN5d
YBC7289
Plimpton 322
ピタゴラス
BC582年 – BC496年
ユークリッド
ギリシャの数学
アルキメデス
紀元前287年 - 紀元前212年
科学革命
コペルニクス ガリレオ ケプラー
ニュートン、ライプニッツの微積分の発見が、
新しい自然認識を可能にした。
ガウス、リーマンらの
数学的達成が無けれ
ば、アインシュタイン
の理論は生まれなか
った
自然認識の
「器官」
としての
数学
数学的・科学的認識の特質
累積的な知
累積的知
 数学的・科学的認識には、大きな特徴がある。そ
れは、いったん正しいものとして獲得された知識
が、時間とともに蓄積されて行くということだ。
 たしかに科学においても、その「正しさ」は、つね
に相対的で近似的なものである。科学的認識の
累積も、ある意味では、そうした制約の自覚の累
積である。
 別の言葉で言えば、科学的認識は、先行する諸
成果を踏まえて、発展するということである。
累積的知の主体
 こうした科学的認識・累積的知の現在の担い手は、
我々である。ただ、時間とともに累積される知の
主体は、個人ではなく、集団的で社会的なもので
ある。それは、生物学的進化の主体が、個体では
なく、種であるのと同じである。
 こうしたタイプの知の累積とそれによる知の発展
を可能にすることが、我々人間の認識能力の重
要な特徴である。
 集団的・社会的に担われた知の発展の契機は、
個人の多様性である。
機械に出来ること
機械に出来ること
 自分を取り巻く環境を、対象として、必要に応じて
認識出来るか?
 自分を取り巻く環境に、働きかけて、それを変化
させることができるか?
 情報を記憶し、再利用出来るか?
 自分と他者との間で、コミュニケーション出来る
か?
 自分自身を、再生産出来るか?
機械は、人間なしで自律出来るか?
 機械は、人間の介在なしに、自分自身を、目的意
識をもって変化させられるか?
 対象としての自然に関心を持ち、自然科学・数学
的認識の担い手になれるか?
 歴史的で集団的な、自然科学や数学の累積的知
のモデルを構成出来るか?
 累積的知の発展を保証する、多様性のある集団
を構成できるか?
 遠くない将来に、機械が人間の能力を超える日が来ると
いう「シンギュラリティ」の議論は、疑わしいと思う。
 確かに、いくつかの分野では、機械の能力は人間の能力
を既にはるかに超えている。また、個人としての人間の能
力を、個体あるいは、ネットワーク総体としての機械の知
性が上回ることはあるかもしれない。ただ、それを可能と
するのは、人間である。機械の能力は、人間の能力の一
つの現れに他ならない。
 機械の誕生の地である、科学・技術の領域で、人間の優
位は動かないように見える。
 遠い未来の予言は出来ないのだが、人間と機械の「共
生」関係は、長く続くと思う。
人間と機械との「共生」
人間と機械の「共生」
 人間と機械との共生の時代は、既に始まっている。
人間の物理的能力の代替手段として登場した機
械は、いまや、経済活動の中核的役割を担い、人
間の共時的・通時的双方のコミュニケーションに
とって不可欠の存在となり、日常生活のあらゆる
場面に浸透している。
 現代の科学技術の発展は、機械の利用と分ちが
たく結びついている。それはまた、機械の更なる
能力発展の条件を、やすみなく提供している。
 確かに、機械とは相対的に接点の少ない、人間
の活動分野は存在する。ソーシャルな連携、思索、
クリーエーティブな創作、数学的探求、....。
 一方で、労働の現場への機械の浸透は、確実に
人間の労働の機会を奪ってゆくだろう。
 人間と機械の「共生」が、どのようなものになるか
は、我々が考えるべき、重要な課題の一つである。
、次の要領で第四回マルレクを開催します
 日時: 11月25日 19:00~
 場所: MS 品川 オフィス
 テーマ:
「エンタープライズと機械学習技術
--- Big DataとDeep Learning 」
 定員: 100名
 申込: 11月18日 12:00〜
 登壇者:
 丸山不二夫
NTTドコモなどが機械翻訳事業の
新会社設立
丸山→栄藤
 自然言語の理解は、最も重要な技術領域の一つ。
検索・広告で出遅れた日本が、世界を狙うなら、
ここに注力するのはアリだと思う。 栄藤さん、が
んばって。僕は、Old Cartesian だけど、New
Cartesian になろうと思っています。
 「「インターネット主権」論と「ほんやくコンニャク」
待望論」http://on.fb.me/1vrTdRN
 21世紀後半は、アジアの時代になると思う。余裕
があったら、インドの言葉もとりあげてほしいな。
 10年前、発話理解何て出来ないと思っていまし
た。初期視覚の深層学習モデルもここまで来ると
は想像できませんでした。
 アクセルを踏むタイミングが少し早すぎたのでは
ないかとの心配はありますが、2020年にあるべ
き姿を逆マッピングすると今、予測できない未来
に向けてアクセルをベタ踏みするしかない。
 翻訳は半構造データをうまく抽象化して他の半構
造データに文脈依存で統計的に写像する作業だ
と考えると、文書整形、意図理解など応用範囲は
広いと思っています。
栄藤丸山

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