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TWITTERを媒介に「感染」する
イデオロギー
「過労死は自己責任」ディスコースを事例に
社会言語科学会第1回スチューデント・ワークショップ
「ディスコースから捉える『自己の位置づけ』-4つのフィールドから-」
筑波大学大学院国際日本研究専攻博士前期課程1年 青山俊之
1. デジタルフィールドとしての「TWITTER」
¡ Twitterの基本的利⽤⽅法ータイムラインの「編集」
1. アカウントの作成
2. タイムライン(以下、TL)の形成
¡ 「フォロー」する/される
¡ 「ツイート(リプライ/リツイート/引⽤リツイート)」する
¡ 「いいね」する
¡ 私的な「雑誌作り」としてのTwitter
「この過程は、雑誌作りにしばしばたとえられる。⾃分が編集⻑となって、
紙⾯(タイムライン)を魅⼒のあるものにする執筆者(ほかのユーザー)を
探す(フォローする)のである。そして、その読者はもちろん⾃分である。
⾃分の感性に従って、おもしろい記事を書きそうな⼈を探し出し、⾃分専⽤
のタイムラインを編集するというわけである。」
永井 (2017: 162)「第10章 リアルタイムにウェブに生きる」、土橋・南田・辻 [他]
(2017)『デジタルメディアの社会学』
22019/9/15社会言語科学スチューデントWS
1.1
TWITTERの
タイムライン
社会言語科学スチューデントWS 2019/9/15 3
各アカウント
で異なるTL
≒「雑誌」
1.2 TWITTERのアルゴリズムで計測される「評判」
¡ ユーザー参加型SNS(Facebook、Twitter)では、「い
いね!」「リツイート」により「評判」が計測される
42019/9/15社会言語科学スチューデントWS
“情報⾃体の内在的価値の評価というよりも、Facebookに
せよTwitterにせよソーシャルメディアのプラットフォーム
のユーザ相互間の共感(いいね!やリツイート)の反映に
コミュニケーションの価値基軸が映っている。情緒的ある
いは情動的コミュニケーションが基調となることをアルゴ
リズムのタイプから説明している。”
石田・東 (2019: 418-419)『新記号論 脳とメディアが出会うとき』
1.3 パソコン・スマホ・タブレットを介したメディアへの接触
52019/9/15社会言語科学スチューデントWS
スマートフォン・タブレット
→スクリーン(インターフェイス)
との身体的接触
2. メディア環境との接触で喚起される「情動」
¡「情動」と「感情」
¡ 情動:⾝体の反応(≒ミクロ知覚)
¡ 感情:意識の表出
62019/9/15社会言語科学スチューデントWS
“情動とは連続的に推移する像としての⾝体的な痕
跡であり、それはテクストや記号によって把握さ
れる対象ではなく、知覚・感覚的に体験され、⾝
体の基層へと働き掛ける機能を持っている。”
野澤 [他] (2018: 5) 情動の出来事性 インターフェイス・ライブ性・交換
2.1 パース記号論
「記号とは、対象に対する何ら
かの「指⽰関係(significative
effect of a sign)」が解釈され
ること、すなわち「解釈項」を
介して初めて、認識可能な記号
的存在として成⽴する。」
72019/9/15社会言語科学スチューデントWS
浅井 (2017: 51) 『儀礼のセミオティクス メラ
ネシア・フィジーにおける神話/詩的テクス
トの言語人類学的研究』
2.2 記号の正逆ピラミッド
上ピラミッド:
記号過程
下ピラミッド:
情報処理
「メディア・コミュニケー
ションにおける<記号過程>
と<情報処理>の界⾯を概念
化した⾒取り図」
リアルとデジタルの「インターフェイス」
リアルフィールド
デジタルフィールド
8社会言語科学スチューデントWS 2019/9/15
石田・東 (2019: 267)『新記号論 脳と
メディアが出会うとき』
2.3 情動的解釈項
情動的解釈項:解釈者が経験的に積み重ねてきた
「情動(≒ミクロ知覚)」が主に関わる解釈項
① 類像:「⽛をむくライオンの写真」がライオンを表意す
る場合、それが「怖さ」に結びつくような⼼⾝の状態を
つくりだす。
② 指標:「突然の雷の⾳」が嵐の前兆を表意する場合、
「不安」ともでもいうべき状態を⽣起するようにな
る。
③ 象徴:「学校」という⽂字は、何らかの⼼⾝の状態を
構成し、「希望」あるいは逆に「不安」とでも形容で
きるような感覚=⼼⾝の状態を抱かせる。
92019/9/15社会言語科学スチューデントWS
伊藤 (2017: 137-138) 『情動の社会学 ポストメディア時代における“ミクロ知
覚”の探求』
2.4 情動的コミュニケーションと「感染」
¡情動的コミュニケーション
「驚き(例:新しいものとの出会いや発⾒/秩序
からの逸脱)」により⾝体への原初的反応を喚起
するコミュニケーション
¡感染
情動的コミュニケーションによるミクロ知覚(=
情動)の伝播とその断⽚的な痕跡
102019/9/15社会言語科学スチューデントWS
2.5 「同一化」と「感染」の相違
¡⾃⼰観:⾃他の投影・同⼀化の過程により形成さ
れる意識
¡ 静的な⾃⼰観:アイデンティティ
¡ 動的な⾃⼰観:アイデンティフィケーション
¡情動的コミュニケーションによる「感染」
¡ ⼈々が⾝体的に接触するインターフェイス上(対⾯接触
/デジタルメディア接触)で情動的な感情が主導的に表
出・喚起され、参与者の志向性が「感染」していく。
112019/9/15社会言語科学スチューデントWS
意識化以前の「感じ(feeling)」の伝播、蓄積
2.6 ソーシャルメディア時代の「感染」
“むしろ、かれの⼈気は、トランプがばらまいた「⾝振り
の断⽚」が、ウィルスのように伝染し、感染したからだ
と捉えた⽅がいい。つまり、かれの発⾔はなんとなく記
憶に残るし、かれのハッタリはなんとなくかっこいい、
だから⽀持するという投票⾏動があったんだと思うんで
す。ツイッターが、その「断⽚化したトランプ」の最た
るものです。”
122019/9/15社会言語科学スチューデントWS
石田英敬・東浩紀 (2019: 298) 『新記号論 脳とメディアが出会うとき』
※ ドナルド・トランプが2016年のアメリカ⼤統領選挙で勝ったのは、⼈々が
彼に「同⼀化」していったのではなく
3. 「過労死は自
己責任」発言の
炎上
¡ 時期:2018年6⽉2⽇〜
¡ ⾼度プロフェッショナ
ル⼈材制度に対する意
⾒を⽥端信太朗⽒が表
出する中で、残業によ
る過労死には当⼈の
「⾃⼰責任」もあるの
ではと疑義を発したこ
とがきっかけで起きた
炎上。
¡ 特に労働系の弁護⼠を
務める嶋崎量⽒と集中
的な議論が交わされ
た。
132019/9/15社会言語科学スチューデントWS
3.1「過労死は自己責任」ツイート分析1
1. 現⾏法でも⼀⽅的な残業強制は違法なの
に⾼プロを「残業させ放題」とか⾔って
る⼈って?
2. 何百時間の残業で過労死した⼈も鎖で繋
がれ鞭打ち強制労働でもなけりゃ、例の
⽇⼤アメフト危険タックル選⼿と同じ程
度には本⼈の⾃⼰責任もあるのでは?
142019/9/15社会言語科学スチューデントWS
3.2 「過労死は自己責任」ツイート分析2
¡ 自己責任を指示する理由
¡ 有標:「鎖で繋がれ鞭打ち強制労
働」に課されたわけではない
¡ 無標:⾃由な活動が可能な⾏為主体
“何百時間の残業で過労死した⼈も鎖で繋がれ鞭打ち強制労働でもなけ
りゃ、例の⽇⼤アメフト危険タックル選⼿と同じ程度には本⼈の⾃⼰
責任もあるのでは?”
情動(=ミクロ知覚)の喚起
152019/9/15社会言語科学スチューデントWS
¡ 自己責任を負う主体の対比
¡ 具体的⼈物:「⽇⼤アメフト危険タッ
クル選⼿」
¡ 抽象的⼈物:「何百時間の残業で過労
死した⼈」
論争を起こした具体的主体(⽇⼤アメフト危険タックル選⼿)と抽象的な主
体(過労死者)の差異を縮減し、「⾃⼰責任」を指⽰している。
3.3 田端氏と嶋崎氏(弁護士)によるディスカッション
162019/9/15社会言語科学スチューデントWS
両者ともに「引用リツイート」のみでのやりとり
¡ 擬似掲⽰板化
¡ やりとり追跡の煩雑化
¡ フォローワーへのツイート開⽰
¡ リツイートとしてのカウントなし
田端氏が言及する「自己責任」
¡ ⾃由な意思による⾏為が可能
である限りはその⾏為結果に
対してどのような個⼈にも責
任が⽣じる。
嶋崎氏が解釈する「自己責任」
¡ 労働者が⾃死した場合、その
労働者には過失責任はなく、
使⽤者に責任があるのにも関
わらず、労働者個⼈へ責任を
限局化すること。
2019/9/15社会言語科学スチューデントWS 17
3.4 「自己責任」の解釈を枠付けるイデオロギー
個⼈主義的イデオロギー 社会関係主義的イデオロギー
前提 前提
※ 本発表の「イデオロギー」はイーグルトンの第1類型に相似
「社会⽣活において観念や信念や価値観を⽣産する全般的な物質的プロセスである」 (≒
世界観、価値観)
河原 (2015: 43) 「翻訳学におけるイデオロギー研究の潮流の社会記号論による分析」
田端氏のTL:「自己責任」の意
義発信による啓発
¡ 有標:個⼈による「過労死」
回避の指摘とその主張の公
開・共有
嶋崎氏のTL:「社会制度」の問
題の指摘による啓発
¡ 有標:社会制度的な問題と過
労死された⽅の「⾃⼰責任」
をあげつらうことへの忌避感
2019/9/15社会言語科学スチューデントWS 18
3.5 TL上で形成される無標な「規範」の差異
「過労死」が起きる社会的状況や条件 参与者による個⼈的な対処
無標 無標
TL上にて情動(=ミクロ知覚)が喚起され、その「感染」が広がる
4. 田端氏の個人主義ディスコース
192019/9/15社会言語科学スチューデントWS
※ 本発表の「ディスコース」
「社会⾏為として実践される記号的なコミュニケーション活動のすべてを包括的」に含む
井出・砂川・山口 (2019: 44) 『言語人類学への招待 ディスコースから文化を読む』
4.1 「過労死は自己責任」炎上が生み出す「感染」
202019/9/15社会言語科学スチューデントWS
“「いくら⽥端さんを批判し、炎上させようとした所で彼の価値は落ちない
し、会社も辞めさせられない。
てか、辞めさせられたところで彼を欲しがる企業はいくらでもあるだろう。
それほど価値のある男なのだから。」”
情動的な「⾝振りの断⽚」が「感染」
し、評価を得る
社会言語科学スチューデントWS 2019/9/15 21
ディスコーダンスの社会
記号過程を増幅させる
Twitterフィールド
• 「⾃⼰責任(≒⾃⽴)」
への肯定的認識
• ニュース創出→「⾃⽴の
諭し」への評価
• 炎上創出への肯定的評価
※ ディスコーダンス
「⾔語コミュケーションとそれ
に関わる社会⽂化的、記号的空
間において、⼀致や調和、協
調、和合、協和がない状態」
武黒 (2018: 7) 『相互行為におけるディス
コーダンス 言語人類学からみた不一
致・不調和・葛藤』
4.2 TWITTERの炎上図
222019/9/15社会言語科学スチューデントWS
Twitterフィールドで喚起される情動とその感染
断
片
的
な
イ
デ
オ
ロ
ギ
へ
の
接
触
頻
度
高
5. 参考文献
¡ 浅井優一 (2017) 『儀礼のセミオティクス メラネシア・フィジーにおける神話/詩的
テクストの言語人類学的研究』
¡ 河原清志 (2015: 43) 「翻訳学におけるイデオロギー研究の潮流の社会記号論による分
析」
¡ 濱野智史 (2006) 『アーキテクチャの生態系 情報環境はいかに設計されてきたか』
¡ 井出・砂川・山口 [他] (2019) 『言語人類学への招待 ディスコースから文化を読む』
¡ 石田英敬・東浩樹 (2019)『新記号論 脳とメディアが出会うとき』
¡ 伊藤守 (2017) 『情動の社会学 ポストメディア時代における“ミクロ知覚”の探求』
¡ 野澤俊介 (2018) 「荒らし」と相互忘却
¡ 野澤俊介 [他] (2018) 情動の出来事性 インターフェイス・ライブ性・交換
¡ 武黒麻紀子 (2018: 7) 『相互行為におけるディスコーダンス 言語人類学からみた不一
致・不調和・葛藤』
¡ 土橋・南田・辻 [他] (2017)『デジタルメディアの社会学』
232019/9/15社会言語科学スチューデントWS

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