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脊椎外科領域における          末梢神経障害性疼痛 岡山大学整形外科 田中 雅人
痛みを有する患者が受診する診療科 45% 0.8% (服部政治 ペインクリニック 2004)
日本人が医療機関を受診する自覚症状 (厚生労働省平成19年国民基礎調査:千人あたり) 患者の多くは痛みで整形外科を初診するも 痛みに対する十分な対応がなされていない?
 神経障害性疼痛の定義 London, St. Paul cathedral
(慢性)疼痛の分類  (原因別) Aδ、C線維 骨折 関節リウマチ 一般整形外科医 Nociceptivepain 侵害受容性疼痛 脊椎外科医 大学病院 組織が障害され痛みを感じ取る器官が興奮 Neuropathic pain 神経障害性疼痛 Psychogenic pain 心因性疼痛 心理的障害 (ダメな医者ほどつけたがる) 脳、脊髄、神経の損傷 脊髄損傷 腰椎椎間板ヘルニア 神経腫瘍 気分障害(うつ) 身体表現性障害(神経症)
神経障害性疼痛の定義(神経の損傷により引き起こされる疼痛) 数%の頻度 神経系の一次的な損傷、あるいはその機能異常が原因となって生じた疼痛 (1990 国際疼痛学会) 神経障害性疼痛は、末梢神経から大脳に至るすべての神経系の障害によって起こり、侵害受容器の興奮を伴わない点が異なる 大脳 侵害受容性疼痛 侵害刺激 神経障害性疼痛 発痛物質(ブラジキニンなど) 脊髄 末梢神経系 神経の損傷 侵害受容器 神経終末 監修:JR東京総合病院院長 花岡 一雄先生 脊髄後角
神経障害性疼痛の臨床的特徴 1. 知覚異常自発痛と刺激誘発性疼痛 痛覚過敏、アロディニア、感覚異常、異常感覚 無感覚、感覚鈍麻、痛覚鈍麻、温覚鈍麻、振動覚鈍麻 2. 痛みの性質 電撃痛、灼熱痛、鈍痛、拍動痛、刺すような、うずく 3. 痛みの強度 弱いものから強いものまで 4 痛みの時間的経過 持続性自発痛または発作性
2. 整形外科領域の難治性疼痛 Westminster Abbey
整形外科領域の難治性疼痛 岡山大学病院整形外科領域の慢性疼痛の患者  男性 7例、 女性 14例、 合計 21例 年齢 47 – 86 歳 (平均71歳) 検討項目:投薬の種類とその効果      疾患の内訳 腰部脊柱管狭窄症術後 13例 脊椎骨折(手術不能)  3例 癒着性クモ膜炎  2例 頚椎症(頚髄症)術後  2例 TKA(人工関節)術後  1例
整形外科領域の難治性疼痛の投薬 原則として上肢痛、下肢痛に対して投与 そのうち6例、29%はMultiple operated back syndrome    疾患名  症例数 原疾患の手術   腰部脊柱管狭窄症 		13例	9例 (69%) 脊椎骨折 3例	1例(33%) 癒着性クモ膜炎 	2例	0例 頚椎症(頚髄症) 	2例	1例 TKA術後 	1例	1例 合計    		21例	12/21(57%)
プレガバリンの投薬前後のVASの変化 VASが2以下低下 有効と判断 8 7 6 5 4 3 2 1 0 6.9 11/17(65%) 5.4 VAS 投与量前  投与量後 
整形外科領域の難治性疼痛の投薬 原則として上肢痛、下肢痛に対して投与 プレガバリン(リリカ)の処方率 81%、 有効率 65% 疾患名  症例数 プレガバリン  オピオイド キシロ 抗うつ   腰部脊柱管狭窄症 13例7/11 (64%)	5/6(83%)     1/1	2/2 脊椎骨折 		3例	1/2		1/1	         1/1	 癒着性クモ膜炎 	2例	1/1			         1/1 頚椎症(頚髄症) 	2例	2/2 TKA術後 		1例	0/1 合計    21例11/17(65%)	6/7 (86%)    3/3           2/2	 < (有効/処方) <
プレガバリンの投薬量と副作用 プレガバリンの投与量 25 – 375mg (平均100mg)   50mg以下でも有効な症例が3例 副作用の頻度4/17例 (24%) 眠気 2例 めまい 2例
3. 整形外科領域の神経障害性疼痛 London, Tower Bridge
神経障害性疼痛のIASP分類 A. 有痛性局所神経障害 腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、MOB B. 有痛性多発性神経障害 糖尿病性、血管性、炎症性(癒着性クモ膜炎)、腫瘍性 C. 帯状疱疹後神経痛 D. 三叉神経痛および脳神経痛 E. 幻肢痛 F. 腕神経叢引き抜き損傷 (Phantom pain) G. 脳卒中後中枢痛 H. その他の中枢痛 J. 複合性局所疼痛症候群 I. 癌性神経障害性疼痛 (CRPS)
腰椎椎間板ヘルニア  末梢神経障害性 疼痛の代表疾患 特  徴: 人口の約5%が罹患する頻度の多い疾患    原因は椎間板組織が後方に脱出して    脊髄神経根を障害して下肢痛 ポイント: 80%は安静や神経ブロックで軽快        20歳>30歳>40歳の順  若年者        活動性の高い 男性
39歳 女性 腰部椎間板ヘルニア     手術適応 重度下肢麻痺 膀胱直腸障害 2か月以上の   激しい下肢痛 Dialater
内視鏡的ヘルニア摘出
30歳、女性、腰椎椎間板ヘルニア 痛みコントロールで下肢麻痺が増加? 術後に慢性疼痛に移行することはまれ プレガバリン (リリカ)  抗うつ薬 (トリプタ)  オピオイド (リンコデ) NSAIDs (ロキソニン)  主訴:右下肢後面の痛み (坐骨神経痛)
腰部脊柱管狭窄症 骨・関節・椎間板・靱帯など脊柱管を構成する要素に, 先天性・変性性・あるいは医原性などの原因が加わって, 狭窄が生じた結果,馬尾・神経根に障害が生じ, 腰下肢症状,特に間欠跛行の臨床症状を呈する症候群 正常 狭窄症 圧迫された 神経根 神経根 椎間関節(肥厚) 椎間関節 黄色靭帯(肥厚) 黄色靱帯 (千葉一裕 New Mook整形外科 2001)
腰部脊柱管狭窄症の症状 正常 狭窄症 ペインコントロール 坐骨神経痛、下肢のしびれ、 下肢の脱力、間欠跛行、排尿障害 手術を考慮(整形外科)
狭窄症患者のMRI  変性
腰部脊柱管狭窄症の薬物療法 2010年までに5RCTsが報告 カルシトニン経鼻有意差なし ガバペンチン経口歩行距離、下肢痛 リマプロスト(オパルモン)歩行距離、SF-36 VB12				歩行距離 カルシトニン無効 ガバペンチン、リマプロスト、 VB12は有効 整形外科領域ではリマプロストが主流
手術治療の指標 まれに固定術 神経除圧が基本 内側椎間関節切除    変性狭窄       変性すべり   全椎弓切除      不安定性には固定術   多数回手術になりやすい   MOB       ペインクリニックへ紹介 内側 頭側 外側
65歳、男性、腰部脊柱管狭窄症 プレガバリン(リリカ) 使用して下肢痛はVASが5から2へ改善 主  訴:右L5下肢痛 現病歴:	20年前右下肢痛出現。 H16年5月近医で腰椎椎弓切除術 ① H17年9月近医で腰椎固定術 ② H18年10月症状が再発、骨癒合不全のため H18年12月当院に紹介 H19年2月再固定術、症状は一旦軽快 ③ H22年症状再発 計3回の手術 癒着性クモ膜炎 馬尾が癒着して硬膜管に 張り付いている empty-sac appearance
腕神経叢引き抜き損傷 原因:バイクの事故と分娩時 腕神経叢の損傷のタイプ 1.引き抜き損傷:脊髄から神経が引き抜けた引き抜き損傷が最も重篤であり、手術により元々の神経を縫合することはできない。 2.神経断裂:神経が脊髄より末梢で損傷される。断裂は一般に神経移植などにより、神経をつなぐことができる。  3.軸索損傷:神経外周の連続性は温存されているのに、神経内の電線、軸索と呼ぶが、これのみが損傷されている状態。3ヶ月位で麻痺が自然回復する。  4.神経虚脱:神経外周も軸索も切れていないのに、神経自体がショックに陥っている。3週間以内に麻痺は回復する。
56歳 男性 腕神経叢引抜損傷 C7/T1 引き抜き損傷部に脊髄がヘルニアしている テグレトール、キシロカイン、塩酸モルヒネでペインコントロール
透析脊椎症 原因:免疫グロブリンの代謝産物のβ2-microgloblinが脊椎に沈着 疫学:透析10年以上患者に多い、頚椎に多い 特徴:合併症が多く、手術が困難(周術期死亡率5-10%) 原則として痛みが主体の場合は岡山大学病院では 手術適応としてはいない ペインコントロールが中心  EAD  DSA PC  PT EAD(Epidural  amyloid deposit)  DSA (Destractive spondyloarthropathy) ST (Psuedotumor)  PDC (peridural calcification)
65歳 女性 透析脊椎症 主  訴:両下肢痛 現病歴:	22年前血液透析開始 H20年3月腰痛、両下肢痛および麻痺が出現 H22年5月当院で腰椎固定術  プレガバリン投与 術前VAS 10 術後VAS 4 再発VAS 6 VAS 3 腰椎MRI 腰椎術後
脊髄癒着性クモ膜炎の治療 脊椎の術後に生じることが多い 胸髄レベルでは脊髄空洞症を併発する 脊髄空洞症の治療は硬膜外-硬膜外バイパス術が有効 しかし腰椎レベルは難治性 術前MRI 術後MRI S-S bypass
脊髄癒着性クモ膜炎の治療 1. 腰椎レベルでは手術適応はない 2. 癒着を剥離しても再度癒着 3. 硬膜外ブロックや脊髄刺激療法が有効 5. 基本的には難治性の疾患 ではどうするのか? またですか! ペインクリニックの先生にお願い するしかありません
78歳 女性 人工関節置換術後疼痛遺残 主  訴:左膝痛 現病歴:20年前から両膝痛が出現し、近医で人工関節施行するも  左膝痛が残存し、当科に紹介受診となる。 治  療:プレガバリン150mgを使用するも効果なく、副作用のふらつき感       のために使用を断念した。 240例のRCT、術後2週間プレガバリン投与群と非投与群の比較 神経障害性疼痛の発生 投与群 0%、プラセボ群 8.7% 関節痛は神経障害性疼痛ではないためあまり効かない? 副作用としてはフラフラ感を、眠気を比較的多く訴える 術前 左TKA術後
幻肢痛 幻  肢:四肢切断の80%以上       失った四肢が存在する感覚 幻肢痛:四肢切断の50  - 80% 幻肢に合併する病的な痛み 原  因:大脳などの脊髄よりも上位中枢       神経系の関与が大きい 大脳 神経障害性疼痛 脊髄 末梢神経系 神経の損傷 神経終末 脊髄後角
複合性局所疼痛症候群 CRPS 発生頻度 5千人に1人 Causalgia肩手症候群 RSD		Sudeck萎縮 定義:神経の損傷に因って引き起こされる知覚神経,運動神経及び自律神経,免疫系の病的変化に因って発症する慢性疼痛症候群 診断基準:臨床用 自覚症状3項目、他覚所見2項目   1. Positive sensory abnormalities   2. Vascular abnormalities   3. Edema, sweating abnormalities   4. Motor or tropic changes 激痛 皮膚の色調変化 浮腫、発汗異常 筋委縮、爪の委縮
脊椎外科領域の神経障害性疼痛の治療 London, Big Ben
神経障害性疼痛に対する薬剤の有効性 トリプタノールなど 使用量 補助的役割 NNT 治療を受けた患者の 何%で効果があるか 小さいほど有効 ガバペンチン/プレガバリンは4人に1人有効 使用量最多 ケタミンなど リリカは我々の症例で3人のうち2人に何らかの効果あり! 疼痛に適応あり Number needed to treat
第一選択薬 プレガバリン(リリカ)又は アミトリプチリン(トリプタノール) 効果がない場合 第二選択薬 ●第一選択薬がプレガバリンの場合、アミトリプチリンに変更、又は併用 ●第一選択薬がアミトリプチリンの場合、プレガバリンに変更、又は併用 効果がない場合 第三選択薬 ●疼痛専門医に紹介する ●紹介を待っている間、第二選択薬からトラマドール(中間オピオイド)に変更、又は併用 ●病状や障害のために経口投与が困難な患者の局所疼痛には外用リドカインを検討する 英国立医療技術評価機構における  神経障害性疼痛治療ガイドライン Tan, T. et al.:BMJ 340 (7748):c1079, 2010より作図
国際疼痛学会ガイドラインにおける神経障害性疼痛治療薬の選択 慢性腰痛のガイドライン プレガバリン、ガバペインの 使用を推奨しない 理学療法が有効なため リハ科へ紹介してください
プレガバリン非併用群(n=155) プレガバリン併用群(n=676) 腰部&頸部神経根症のVAS値の変化 (mm) 0 -5 -10 -15 -20 -25 -30 -35 -40 -45 VASで20mmの差! VAS 値の変化量(平均) * † ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ 共分散分析 *:p<0.05、†:p<0.01、‡:p<0.001(対プレガバリン非併用群) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 (週) 投与期間
脊椎外科領域における本症のまとめ 1.腰椎椎間板ヘルニア術前にはNSAIDsかブロック 2.腰部脊柱管狭窄症の術後難治性疼痛は   プレガバリンなどの適応あり    3.腕神経叢引き抜き損傷、透析脊椎症、CRPS、   癒着性クモ膜炎はプレガバリンの良い適応   4. 難治性疼痛の治療では整形外科医も積極的に   疼痛コントロールに参加するべきである。

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