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1
上水道で考える 山梨県 VS 東京都
共通班「地方 vs 都市」
山梨県立大学国際政策学部 申ゼミ
大山清香 功刀渚 笹本詩乃 芹沢理恵
要約
我々の生活に必要不可欠な水資源は現在、世界的
な危機に陥ろうとしている。世界中で誰もが利用する水
に対する理解を深める必要がある。
山梨県と東京都、どちらも水に関する法制度や管轄
といった整備は古くから行われてきた。しかし山梨県と
東京都では、管轄や災害に対する制度など水に関する
体制や取り組みが異なり、水に対するアプローチに差
が生じている。数値によるデータからも、山梨県は水と
の距離が近いということが判明した。世界で警告されて
いる水不足に対する世界的なパートナーシップや、地
方における民間企業と行政の協働で行う水資源保護
など、水の将来を見据えた活動も多くみられた。
本論文では上水道の歴史と仕組み、法制度といった
整備を踏まえた上で、山梨県と東京都の数値比較と水
資源に関する事例紹介を行う。最終的に、どちらの水
に対するアプローチが優れているかを論じる。
はじめに
国際連合が、2030 年までに世界が達成すべき目
標として掲げた「持続可能な開発目標1
(SDGs)」に
よると、「2030 年までに、淡水資源の不足は必要
量の 40%に達すると見られる一方で、世界人口が急
増を続ける中、世界はグローバルな水危機への道を
一直線に進んでいる」と警告している2
。
私たちの生活に必要不可欠な水資源の理解を深
めるために、地方 VS 都市(ここでは山梨県を地方、
東京都を都市と定義する)というテーマで、データ
から得られた情報を元に、比較研究を行う。
水資源のみならず、地方と都市の対立については
多くの研究がなされてきた。地方と都市との政治格
差について取り上げたのは、政治学者の白鳥浩氏で
ある。財源と諸権限を中央集権的政治の元政府が握
っており、2001(平成 13)年の小泉純一郎氏の内閣
1
2015年に国連が採択した持続可能な世界を実現するた
めの 2030 年までの国際目標。21 世紀の
世界が抱える様々な課題を包括的に挙げている。
2
国際連合広報センター「水の国際行動の 10 年」
<http://www.unic.or.jp/news_press/features_backgr
ounders/27687/> (最終閲覧日:2018/11/21)
総理大臣就任によって、アカウンタビリティを向上
させるための都市への政策が都市対地方のクリー
ヴィッジ3
を顕在化させた。地方と都市との医療格
差対立について取り上げたのは、行政学者の伊関友
伸氏である。医療の高度・専門化に伴って、病院に
おける地方と都市の二極化が発生した。地方での医
師確保は、都市との医療連携だけでなく住民の協力
が必須であり、医師獲得のために地方と都市で対立
している場合ではないことが述べられた。
本論文は以下に示す全 4 章から成る。第 1 章では
水道の起源や水道に関する法律を含めた上水道の
歴史と仕組みの整理、第 2 章では全国、東京都、山
梨県のデータ分析、第 3 章では第 2 章においてに分
析されたデータの比較、第4章では水資源に関わる
パートナーシップと山梨県で行われているプロジ
ェクトの紹介と特徴分析を行う。
第 1 章 上水道の歴史・仕組み
1-1 水道の起源
記録に残る日本最古の水道は、小田原早川上水と
されている。これは北条氏康によって小田原城下に
水を引き入れるために築造されたものであり、主に
飲用を目的とし、木樋により給配水され炭や砂でろ
過して使用していたとされる4
。
1590(天正 18)年に、徳川家康の命により小石川
上水を前身とする神田上水が築造された。これは井
之頭池等の湧水を水源として取水口までは自然河
川を利用し、取水後は石樋と木樋の地中配管で江戸
中に導水・配水したものである。これら水道管の総
延長は 28km に及び、水道橋やサイフォン5
のほか水
量や濁度をチェックする水見枡も存在した。用途は
飲用のほか近郊の灌漑用水としても用いられ、自然
流下により導配水される水は水道管をつなぐ枡で
3
政治的対立の背景となる社会的亀裂のこと。
4
宇都宮市上下水道局『宇都宮市水道百周年 下水道五十
周年史』(2017)p.11
5
隙間のない管を利用して、液体をある地点から目的地
まで、途中出発地点より高い地点を通って導く装置のこ
と。
2
水位と方向が調整されるとともに、随所に設けられ
た汲み上げ用の上水井戸に引き込まれ、人々はそこ
から鶴瓶などで汲み上げて利用していた。
さらに江戸の人口増大とともに、1654(承応 3)年
の玉川上水から 1696(元禄 9)年までの本所(亀有)
水道、青山水道、三田水道、千川上水に至る「江戸
の六上水」が相次いで整備された6
。
「水銀」と称されるいわゆる水道料金が課された
が、「武家は石高、町方は小間割に応じて徴収され
る税金のようなもの」であったとされる7
。幕藩体
制の下で大名諸侯の城下町でも同じような水道が
築造され、耐圧石管を利用した鹿児島城下の冷水御
用水道(1723)、濁水対策に沈殿地を設けた福山水道
(1622)、銅樋(水路橋)を用いた水戸笠原水道(1663)
などの特徴が見られるが、旧水道はいずれも飲料に
適した水源から取水し自然流下により城下市中に
導配水する水道であり、明治維新後も使われ続けた。
1-2 近代水道の導入と普及
明治時代には上水路の汚染や木樋の腐朽といっ
た問題が生じ、また消防用水の確保という観点から
も、近代水道の創設を求める声が高まった。
近代水道が最初に導入されたのは 1887(明治 20)
年の横浜水道であり、技術顧問の英国人技師パーマ
ー(Henry Spencer Palmer)のもとで建設された8
。
それは相模川上流を水源にろ過した水を消毒し、ポ
ンプと鋳鉄管により市内に送水するものであった。
背景には開国とともに持ち込まれ 1886(明治 19)年
に大流行したコレラへの対策とともに、首都に近い
開港場として国家の体面があったとされる。しかし、
実際の目的は伝染病の防除、安全な水の供給、消火
用水の確保であった。第 1 号となった横浜に続いて、
函館(1889)、長崎(1891)、大阪(1895)、東京(1898)、
6
東京都水道局『東京の水道』(2017)p.44
7
丹保憲治『水の危機をどう救うか』(2012) PHP 研究所
8
横浜市水道局「横浜水道 130 年の歩み」
<http://www.city.yokohama.lg.jp/suidou/> (最終閲覧
日:2018/11/07)
神戸(1899)という三府五港を経て、その他主要都市
へと次々に近代水道が整備されていった。
近代水道の導入により、従来の「水を汲む」こと
から「水が湧き出る」を体感することになり、市民
は驚きをもって西洋文明の成果に触れることにな
った。しかし、給水工事の手続きや水道料金の支払
いを知らない者が多く、当初の給水申込みは東京・
大阪などでわずかに 4〜5%と低調で、長崎では反対
運動が起き一時水道料金を無料とする取り扱いが
とられた。
とはいえ、近代水道により生活利便性は著しく向
上することになり、消防効果もきわめて大きいこと
が実証された。また、肝心のコレラの防除では着実
に発生回数が抑えられるとともに、発生しても大流
行にはつながらない効果が示された。
明治から大正へと時代が移るにつれ水道の敷設
は全国の地方都市にも波及し、水道の敷設府県は
1911(明治44)年の全国17道府県から1925(大正14)
年には 42 道府県となり、水道のない府県はわずか
5 県(岩手県・石川県・和歌山県・愛媛県・沖縄県)
となった。
大正時代には、日本が世界で列強の仲間入りを果
たし中期までは経済的な好況に恵まれ、産業基盤を
中心に社会資本の整備が進んだ。第 1 次大戦後の経
済不況と関東大震災、世界恐慌、第 2 次大戦などの
時代の流れのなかで水道は、全国的な普及とともに
従来からの公衆衛生施設としての性格に加え、都市
の生活基盤施設としての役割を高めていった。
1-3 水道条例から水道法へ
近代水道の普及と発展には、根拠や基礎となる法
制度の整備と財源の確保が不可欠であるが、「水道
法」の前身にあたる「水道条例」が制定されたのは、
横浜水道が導入された 3 年後の 1890(明治 23)年で
あった。
全 16 条からなる「水道条例」では、第 1 条にお
いて「水道トハ 市町村ノ住民ノ需要ニ應シ給水ノ
目的ヲ以テ 布設スル水道ヲ云ヒ…」と規定し、市
3
町村住民の給水需要に応えるものを水道と定義し
た。また、1908(明治 21)年に公布された「市制町
村制」を受け、第 2 条で「水道ハ市町村其公費ヲ以
テ布設スルニ非ザレバ之ヲ布設スルコトヲ得ス」と
定め市町村公営原則を法制化し、これにより横浜水
道は県から市へ移管された。
ただ、人口急増に直面した市町村にとっては、市
街地開発や他の社会資本整備に追われ水道整備の
資金確保が困難であった。その後の条例改正で、市
町村に資力がない場合に限定して例外的に民営水
道を許可し、許可期間満了後または期間内の市町村
による買収が規定された。そのほか、水道布設の内
務大臣認可(第 3 条)にもとづく認可事項第 10 項で
は、水道料金に関する等級・価格・徴収方法などが
示されており、水道布設後の料金徴収が予定されて
いた。
さらに水質管理(第 3 条、第 8 条、第 10 条)につ
いては、布設時の水源水質検査、地方長官による水
質不良の改善命令、利用者の水質調査請求などが規
定されるとともに、共用給水器や消火栓の設置が市
町村に義務づけられた(第 15〜16 条)。こうした水
道条例の性格は、公衆衛生の確保を図る規制法であ
ると同時に、水道事業の円滑・適正な運営を図る事
業法でもあった。
水道条例は 5 次にわたる改正を経て 1957(昭和
32)年に廃止され、新たに「水道法」が公布された。
水道条例と比較した水道法の主な特徴は、①目的と
して「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もっ
て公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与する
こと」としたこと、②水道事業(上水道事業)を給水
人口 5,001 人以上、簡易水道事業を 5,000 人以下の
水道として区別するとともに、新たに水道用水供給
事業と専用水道を水道として定めたこと、③水質基
準、施設基準、認可基準、供給条件(供給規程)等の
事業要件を定めたこと、④認可、届出、検査、水道
技術管理者、衛生上の措置等の建設や管理に関する
各種の規制を定めたこととされている。
重要な戦後改革の一つに地方自治の確立がある
が、日本国憲法第 92 条は「地方公共団体の組織及
び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、
法律でこれを定める」としている。
これを受け自治体の組織・運営の基本事項を定め
た法律(一般法)が地方自治法(昭和 22 年公布)であ
り、水道法第 2 条において「上水道その他の給水事
業」の経営は市町村の公共事務(固有事務)と規定さ
れた。水道条例以来の市町村公営原則を再確認する
ものともいえるが、地方分権改革による 2000(平成
12)年の改正により、自治体の事務は自治事務と法
定受託事務の 2 つに再編され、水道事業は自治事務
に分類されることになった。
1-4 東京都と山梨県の水道局
上記 1-3 で述べられた水道事業の分類をさらに
細分化し、東京都及び山梨県の水道局の体系を述べ
てゆく。
ここでは東京都及び山梨県において上水道事業
がどの部門によって管理されているか見ていく。
東京都における水道事業は、2017(平成 29)年 3
月の時点で上水道事業が6事業、簡易水道事業9
が
10 事業存在している。また、水道施設は水道事業
より給水を受けているものも含め、専用水道が 434
施設ある。これら全てによる給水人口は約 1,369 万
人で、水道の普及率は概ね 100%となっている。こ
のうち給水人口の約 98%を占める 1,332 万人の給水
は、都営水道「東京都水道局」によるものである。
これは厚生労働大臣の認可を受けている。その他の
水道事業には、武蔵野市、昭島市、羽村市の市営水
道が 3 事業、大島町北部と八条町坂下地区の町営水
道が 2 事業ある。これらは都知事の認可を受けてい
る10
。
9
給水人口が 5000 人以下である水道により、水を供給す
る水道事業をいう。
10
東京都福祉保健局「東京都の水道」(2017) p.3
<http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kankyo/su
ido/water/index.files/H29tokyotonosuido2.pdf>(最
終閲覧日:2018/11/22)
4
山梨県の水道は市町村等の地域別で事業が行わ
れている。2017(平成 29)年 3 月の時点で水道法適
用施設は、水道用水供給事業が 2 箇所、上水道事業
が 16 箇所、簡易水道事業が 239 箇所、専用水道が
34 箇所ある。これら全てによる給水人口は約 82 万
人で、水道の普及率は 98.2%である。市町村別では、
市は 98.8%、町は 97.3%、村は 80.8%となっており
村の普及率が市町の普及率に比べて低い現状にあ
る。水道用水供給事業は事業主体が 2 つの広域水道
企業団であり、合計 6 市に給水を行っている。上水
道事業は事業主体が 16 の市町村等であり、それぞ
れの地域に給水を行っている。簡易水道事業は各自
治体の公営もしくは地域の企業の民営で行われて
いる11
。
したがって東京都では、都内ほぼ全域を都営水道
「東京都水道局」が一括管理している。一方で山梨
県では、水道に関する統計は山梨県福祉保健部衛生
薬務課長が県内全域について行っているものの、水
道事業自体は各自治体もしくは民間企業により行
われている。
第 2 章 データ分析
2-1 全国における水資源のデータ
まず、「生活用水」についての定義を行う。調理
や洗濯、風呂や掃除など家庭で使用される水を「家
庭用水」と言い、またオフィスや飲食店等で使用さ
れる水を「都市生活用水」と言い、これら二つを合
わせて「上水道=生活用水」と呼ぶ。
ここでは全国の①生活用水使用量、②水道料金、
③ミネラルウォーター生産量について分析する。
まず国土交通省水産資源部の作成した生活用水
使用量の推移によると全体では使用量自体は増加
している傾向にある。2005(平成 17)年あたりから
多少の減少がみられるが大幅なる減少には至って
いない。よって近年は漸減傾向にあると言える。水
11
山梨県福祉保健部衛生薬務課「山梨県の水道」(2016)
p.6 p.9 pp.28-46
<http://www.pref.yamanashi.jp/eisei-ykm/documents
/h28suidoyamanashi.pdf> (最終閲覧日:2018/11/22)
道技術研究センターの世界の生活用水使用量マッ
プによると 2018(平成 30)年 8 月現在、①一日一人
当たりの使用量は 224L というデータが算出された。
また、上水道と簡易水道、専用水道の三つを合わせ
た年間給水量は 2015(平成 27)年には 151.2 億㎡と
のデータが発表されている。
次に②水道料金の全国平均は 1,960 円である。こ
の値段については「水道事業は、水道を利用する皆
さまからの料金で施設を建設し経営していくとい
う考え方から独立採算制を原則としています。その
ため水道事業ごとに料金が異なります。水道料金格
差の要因には、水源の種類や場所、水道施設の建設
時期、事業規模、さらに人件費や施設の維持管理費
などの違いが挙げられます。」と日本水道協会は述
べている 5。年々消費量が増加している③のミネラ
ルウォーター生産量は全国で増え続けており、
2017(平成 29)年は 3,254,788kL との報告が上がっ
ている12
。
2-2 山梨県の水資源利用状況
まず、2013(平成 25)年に策定された「やまなし
水政策ビジョン」13
から①一日一人当たりの生活用
水使用量は 402L であった。
次に水道料金を算出する。山梨県内で統一された
水道料金表はなく、各地域によって水道料金が異な
る。ここでは甲府市の水道料金14
を算出し山梨県の
データとする。水道料金・下水道使用料早見表によ
ると呼び径は 13 ㎜であり、試用期間が 2 ヶ月間の
ため、数値の二分の一を 1 ヶ月に置き換えると使用
水量 10 ㎡における水道料金は税込で 858 円となる。
12
一般社団法人日本ミネラルウォーター協会 統計資料
<file:///Users/macuser/Downloads/2018071114390515
40.pdf> (最終閲覧日:2018/10/8)
13
山梨県「やまなし水政策ビジョン〜持続可能な水循環
社会を目指して〜」(2013) p.25
<http://www.pref.yamanashi.jp/sinkan-som/document
s/water_vision.pdf> (最終閲覧日:2018/10/8)
14
甲府市上下水道局 一般向け情報水道料金・下水道使
用料早見表
<https://www.water.kofu.yamanashi.jp/data/files/p
df/sonota/hayamihyou13mm8%.pdf> (最終閲覧
日:2018/10/8)
5
よって山梨県甲府市における呼び径 13 ㎜、使用水
量 10 ㎡での一ヶ月の②水道料金は 858 円となる。
③ミネラルウォーターは 2017(平成 29)年
1,427,005kL の生産量を誇り、全国第一位の 43.8%
の割合を占めている。
2-3 東京都の水資源利用状況
まず、東京都水道局における「平成 28 年度生活
用水実態調査」15
から①一日一人当たりの生活用水
使用量は 273L であった。
次に水道料金を算出する。東京都(23 区)は
2005(平成 17)年 1 月 1 日から新たな水道料金16
の計
算方法が適用されるようになった。今回は一般家庭
(呼び径は 13 ㎜、10 ㎡)での一ヶ月の料金を比較す
る。東京都は呼び径 13 ㎜での基本料金は 860 円で
あり、1〜5 ㎡では 0 円、6〜10 ㎡では 1 ㎡につき
22 円の加算が含まれる。従って 860+(22×5)=970
円という計算が成り立ち消費税 8%を加えると
1,047 円となる。東京都(23 区)における呼び径 13
㎜、使用水量 10 ㎡での②一ヶ月の水道料金は 1,047
円となる。
③ミネラルウォーター生産量は 2017(平成 29)年
135kL のデータが得られた。
第 3 章 データで見る山梨県と東京都
3-1 水生産・使用量の比較
山に降る雨や雪は、森林を潤しながら山麓を流れ
る地下水である伏流水となり、山梨県は“天然の水
がめ”と呼ばれるほど豊富な水が湧き出ている。良
質な水は、山梨の特産である果物を作り出し、果物
や野菜だけでなく、甲州ワインビーフや甲斐サーモ
ンレッドなどの名産品を生み出している。
また、山梨県は日本のミネラルウォーター発祥の
地で、全国シェア 4 割を誇る。ミネラルウォーター
15
東京都水道局「くらしと水道〜世帯人員別の一ヶ月あ
たりの平均使用水量〜」
<https://www.waterworks.metro.tokyo.jp/kurashi/>
(最終閲覧日:2018/11/8)
16
東京都水道局『東京都水読本 区部版』(2018) p.7
に関して、山梨県は昨年度の 2017(平成 29)年、
1,427,005kL を生産しており、全国の 43.8%のシェ
アを占めている。対して東京都は 135kL の生産量と
全国第 36 位の生産量であった。以上より、東京都
に限らず、日本中で山梨県の水が口に運ばれている
ことが多いと判明した。
水源の供給地である山梨県は、需要地である東京
都と比べてどういった水使用の特徴があるのか見
ていく。上水道の使用量について調査(生活用水使
用量と給水人口で除した)すると、東京都は 273L、
山梨県は約 1.4 倍の 402L であることが判明した。
日本人一人あたりが一日に使用する生活用水(上水
道)の量は 224L といわれており、地域によって 2 倍
もの差が生じるのは不自然に感じる。
一ヶ月の 10m³あたりの水道料金を比較すると、
山梨県は 858 円、東京都は 1,047 円で、山梨県の方
が割安であるが、どちらも軒並み全国平均の金額
(1,550 円)を下回っていることが判明した。
人間が生活を営む上で使用する水は全国的にほ
ぼ一定量であると想定できるので、極端に山梨県民
だけが水を大量消費することは考えにくい。山梨県
が上水道の使用量が多いことに関して、様々な仮説
を立てて行くうちに、東京都にはない山梨県特有の
上水道の使われ方を発見した。それは、果樹への上
水道の散水量が多いことである。山梨県は果樹栽培
が盛んであり、比較的平地に果樹園が多くあるので、
必要に応じて上水道を用いて散水を行っていると
推測される。ただし、果樹収穫期と照らし合わせて
の水の月平均使用量が確認できるデータが確認で
きなかったので、確証を裏付けることができなかっ
た。
3-2 水に関する災害時の対策
近年、相次いで自然災害による水道被害が多発し
ている。東日本大震災において、東京都では約 257
万戸が断水し、特に、水道管の破裂による被害が多
発したため復旧までに長期間を要した。
6
東京都で行われている災害時の対策について東
京都水道局日野サービスステーションにインタビ
ューを行った。東京都では現在、予防・応急 2 つの
面での震災対策が行われている。
予防対策としては、貯水池の堤体強化、自家用発
電設備の新設・増強、配水管の耐震継手化、避難所
等給水管の耐震化が挙げられた。特に配水管の耐震
継手化については、被災した場合に断水被害を最小
限にとどめること、可能な限りの給水を確保するこ
と、復旧日数を短縮すること、平常生活へ早期回復
することを目的に「水道管路の耐震継手化 10 ヵ年
事業」が行われている。
応急対策としては、特に応急給水が挙げられた。
震災等の災害で断水した際に「災害時給水ステーシ
ョン」が開設される。半径約 2km 圏内に 1 箇所給水
拠点が設置され、給水拠点から離れている避難所等
には給水車等の車両を使用して水が運ばれ、給水拠
点での応急給水を補完するために避難所付近のあ
らかじめ指定された消火栓等に仮設の蛇口が設置
される。
一方、山梨県では県全体を管轄している部署がな
いので、我が学び舎がある甲府市役所防災企画課・
防災指導課にインタビューを行った。そこでは、東
海地震の被害想定を基準に、様々な水のインフラ対
策を行っていることが判明した。
まず指定避難場所には非常用貯水槽が地下に埋
まっており、緊急時に飲料水が住民 1 人に対して 3
日分(1 日 3L)確保できるシステムを導入し、貯水槽
が設備できない場所には相当分のペットボトルを
用意している。また、全国初の試みとなる市内全域
518 の自治体にて防災研修を行なっており、水に関
するインフラが止まっても地域住民の間で扶助共
助が行えるよう、日頃の災害対策に備えている。さ
らに、市内にある 92 の民間企業・水道局・横浜市・
水戸市と協定を結び、他県とも水インフラを始めと
する災害対策の扶助共助の関係を作り出している
ことが判明した。
以上から、東京都では、水道管の耐震工事を行っ
ており、ハード面のアプローチを積極的に行ってい
ることが判明した。山梨県では、水道管に対する直
接的なアプローチは行っていないものの、災害時対
策のためにハード・ソフトの両面の対策を行ってい
ることが判明した。
第 4 章 事例分析
ここからは、世界・日本・水源地である山梨県の
水源保護に関するパートナーシップ例を紹介する。
山梨県内では、水源地の保全活動など多くの事業が
各自治体で展開されている。
4-1 世界・日本・山梨県での水源保全のパート
ナーシップ・条例
世界では水不足が広がっている。2011(平成 23)
年には、41 か国の特に多くの都市部で水ストレス17
を経験した。うち 10 か国では、再生可能な淡水が
枯渇寸前となり、干ばつの多発や砂漠化は水不足に
拍車かけており、2050 年までに 4 人に 1 人以上が
慢性的な水不足の影響を受ける可能性が高いと示
唆されている18
。
そのため、国連では「持続可能な開発目標(SDGs)」
を掲げて対策に講じている。17 ある目標の一つに
「安全な水とトイレをみんなに」という項目を制定
した。2030 年までに、安全で手ごろな飲み水への
普遍的なアクセスを全世界で確保するために、具体
的に、インフラの整備投資・衛生施設を提供や、あ
らゆるレベルで衛生状態の改善を促すアジェンダ
を策定している19
。
日本を含むアジア 13 カ国では、アジア水環境パ
ートナーシップを 2004(平成 16)年に締結した。主
17
水需給の逼迫の程度を表す指標で、1700 立方メートル
を下回ると水ストレス下にあるとされ、1000 立方メート
ルを下回ると水不足と呼ばれる。
18
日本学術会議・日本の展望委員会「持続可能な世界構
築のために」(2010)
19
国連開発計画(UNDP)「持続可能な開発目標(SDGs)とは」
<http://www.jp.undp.org/content/tokyo/> (最終閲
覧日:2018/10/31)
7
にアジアモンスーン地域を対象として、水質モニタ
リングや水質汚濁防止技術の優良事例など関係諸
国と共有可能なデータベースを構築する事業を行
なっている20
。
一方我が国及び都道府県は、保安林の計画的な指
定を進めており、そのうち約 75%が水源涵養保安林
に指定され、豊かな水の土壌となっている森を守っ
ている
特にいくつもの水源地がある山梨県では、「山梨
県地下水及び水源地域の保全に関する条例」が
2012(平成 24)年 12 月 27 日に制定された。県民の
生活や地域産業の基盤となっている地下水の状
況・水源地域における土地取引の実態を把握し、地
下水の適正な採取・水源地域における適正な土地利
用の確保が目的だ。その他にも、山梨県では湧水保
全に関する条例が 19 本ある。
さらに、山梨県では「やまなし『水』ブランド戦
略」と銘打って水を生かした県のイメージアップ、
地域・産業の活性化を図るとともに、水の土壌であ
る豊かな森林づくりを進め、水源涵養機能の強化を
行っている21
。他にも、水源地として名高い北杜市
では「水の山プロジェクト」として、市内にある企
業(サントリー食品インターナショナル株式会社、
以下 6 社)とパートナー協定を結び、市民・企業一
体となって地域活性化を進めている22
。
4-2 事例からみた山梨県の水資源管理の特徴
山梨県では水そのものの保全はもちろん、水源・
供給地としての保護活動を積極的に行なっている
ことがわかる。4-1 で上げられたように世界的な水
不足に対し、山梨県は「水がどこからやってきたの
20
公益財団法人地球環境戦略研究機関「アジア水環境パ
ートナーシップについて」
<http://wepa-db.net/3rd/jp/about.html> (最終閲覧
日:2018/10/31)
21
山梨県「やまなし『水』ブランド戦略」(2016)
<http://www.pref.yamanashi.jp/kankou-sk/documents
/yamanashi_brand.pdf> (最終閲覧日:2018/10/17)
22
北杜市「『水の山』プロジェクト」
<http://www.mizunoyama.com/about/> (最終閲覧
日:2018/10/8)
か」、「水がなくなったらどうなるのか」、などと
いった将来を見据えた事業展開をする傾向がある。
それは水源地であり、水との距離が近い山梨県だか
らこそアプローチできるのではないか。また、行政
や NPO などのボランティアが独立して活動するの
ではなく協働という形でタッグを組むことにより
様々な意見や視点を得ている。世代を超えて水の大
切さを伝承していくためには地域や企業という枠
組みを取り除く必要がありそうだ。
おわりに
ここまで水資源をめぐる山梨県と東京都の比較
を試みた。山梨県は水使用量が群を抜いて多いもの
の、水の源である水源地保護活動が自治体だけでな
く、市民や企業までも巻き込んで盛んに行われてい
ることが判明した。また、災害時の対策として、人
との繋がりを大切にしたソフト面重視の施策が実
行されていることがインタビューより割り出すこ
とができた。対して、東京都は東京都水道局が水源
地管理を一括して取り仕切っている。土地柄人の出
入りが激しいので、災害時の対策としてソフト面の
施策は程々に、ハード面強化を行なっていることが
判明した。
したがって、水を通してまち全体の共生・地域連
携や市民参加によって人との繋がりが強固である
という点において、山梨県は東京都より優位に立つ
と考えられる。単なるインフラとして上水道を享受
するのではなく、さらに発展させて水資源を利用し
ている山梨県に軍配を上げたい。
今回の検証では、東京都と山梨県で上水道管理の
仕組みが異なっており、資料やデータの所在が不明
確な点が多かったことが反省材料である。今後は、
インタビューやヒアリングなどの調査をより広い
地域や分野で行うよう心がけていきたい。
参考資料
・伊関友伸(2013)『月刊福祉』社会福祉法人全国社
会福祉協議会
8
・一般社団法人日本ミネラルウォーター協会(2017)
統計資料
<file:///Users/macuser/Downloads/201807111439
051540.pdf >(2018.10.8 アクセス)
・宇都宮市上下水道局(2017)『宇都宮市水道百周年
下水道五十周年史』宇都宮市上下水道局
・公益財団法人地球環境戦略研究機関(2004)「アジ
ア水環境パートナーシップについて」
<http://wepa-db.net/3rd/jp/about.html>(2018.1
1.21 アクセス)
・甲府市上下水道局(公表年不明)水道料金・下水道
使用料金早見表
<https://www.water.kofu.yamanashi.jp/data/fil
es/pdf/sonota/hayamihyou13mm
8%.pdf>(2018.11.21 アクセス)
・国際連合広報センター(2018)「世界的な水危機を
回避するために」
<http://www.unic.or.jp/news_press/features_ba
ckgrounders/27687/> (2018.11.21 アクセス)
・国連開発計画(UNDP)「持続可能な開発目標(SDGs)
とは」<http://www.jp.undp.org/content/tokyo/>
(最終閲覧日:2018/10/31)
・白鳥浩 (2009)「都市対地方の日本政治—現代政治
の構造変動-」株式会社芦書房
・総務省自治財政局公営企画経営室(2018)「水の持
続的な経営を確保するために必要な対策の考え方
について」
<http://www.soumu.go.jp/main_content/00056030
5.pdf>(2018.11.21 アクセス)
・丹保憲治 (2012)「水の危機をどう救うか」PHP
研究所
・東京都水道局「くらしと水道〜世帯人員別の一ヶ
月あたりの平均使用水量〜」
<https://www.waterworks.metro.tokyo.jp/kurash
i/> (2018.11.8 アクセス)
・東京都水道局サービス推進部サービス推進課
(2017)『東京の水道』
・東京都水道局(2018)『東京都水読本 区部版』
・東京都福祉保健局(2017)「東京都の水道」
<http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kanky
o/suido/water/index.files/H29tokyotonosuido2.
pdf>(2018.11.22 アクセス)
・日本学術会議・日本の展望委員会(2010)「持続
可能な世界構築のために」
<http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo
-21-tsoukai-6.pdf>(2018.11.21 アクセス)
・山梨県福祉保健部衛生薬務課(2016)「山梨県の水
道」
<http://www.pref.yamanashi.jp/eisei-ykm/docum
ents/h28suidoyamanashi.pdf>(2018.11.22 アクセ
ス)
・山梨県(2013)「やまなし水政策ビジョン~持続
可能な水循環社会を目指して~」
<http://www.pref.yamanashi.jp/sinkan-som/docu
ments/water_vision.pdf>(2018.11.21 アクセス)
・山梨県(2016)「やまなし「水」ブランド戦略」
<http://www.pref.yamanashi.jp/kankou-sk/docum
ents/yamanashi_brand.pdf>(2018.11.21 アクセス)
・山梨県北杜市(2018)「『水の山』プロジェクト」
<http://www.mizunoyama.com>(2018.11.21 アクセ
ス)
・横浜市水道局(発行年不明)「横浜水道 130 年の歩
み」
<http://www.city.yokohama.lg.jp/suidou/kyoku/
suidoujigyo/yokohamasuidou130nenenoayumi.html
>(2018.11.21 アクセス)
謝辞
本研究を進めるに当たり、東京都水道局日野サー
ビスステーション、甲府市役所防災企画課、山梨県
庁福祉保健部に多大な助言を賜った。厚く感謝を申
し上げる。
また、申先生にはご助言を戴くとともに、本論文
のご指導を戴いた。ここに深謝の意を表す。

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Thinking in water supply, Yamanashi vs Tokyo

  • 1. 1 上水道で考える 山梨県 VS 東京都 共通班「地方 vs 都市」 山梨県立大学国際政策学部 申ゼミ 大山清香 功刀渚 笹本詩乃 芹沢理恵 要約 我々の生活に必要不可欠な水資源は現在、世界的 な危機に陥ろうとしている。世界中で誰もが利用する水 に対する理解を深める必要がある。 山梨県と東京都、どちらも水に関する法制度や管轄 といった整備は古くから行われてきた。しかし山梨県と 東京都では、管轄や災害に対する制度など水に関する 体制や取り組みが異なり、水に対するアプローチに差 が生じている。数値によるデータからも、山梨県は水と の距離が近いということが判明した。世界で警告されて いる水不足に対する世界的なパートナーシップや、地 方における民間企業と行政の協働で行う水資源保護 など、水の将来を見据えた活動も多くみられた。 本論文では上水道の歴史と仕組み、法制度といった 整備を踏まえた上で、山梨県と東京都の数値比較と水 資源に関する事例紹介を行う。最終的に、どちらの水 に対するアプローチが優れているかを論じる。 はじめに 国際連合が、2030 年までに世界が達成すべき目 標として掲げた「持続可能な開発目標1 (SDGs)」に よると、「2030 年までに、淡水資源の不足は必要 量の 40%に達すると見られる一方で、世界人口が急 増を続ける中、世界はグローバルな水危機への道を 一直線に進んでいる」と警告している2 。 私たちの生活に必要不可欠な水資源の理解を深 めるために、地方 VS 都市(ここでは山梨県を地方、 東京都を都市と定義する)というテーマで、データ から得られた情報を元に、比較研究を行う。 水資源のみならず、地方と都市の対立については 多くの研究がなされてきた。地方と都市との政治格 差について取り上げたのは、政治学者の白鳥浩氏で ある。財源と諸権限を中央集権的政治の元政府が握 っており、2001(平成 13)年の小泉純一郎氏の内閣 1 2015年に国連が採択した持続可能な世界を実現するた めの 2030 年までの国際目標。21 世紀の 世界が抱える様々な課題を包括的に挙げている。 2 国際連合広報センター「水の国際行動の 10 年」 <http://www.unic.or.jp/news_press/features_backgr ounders/27687/> (最終閲覧日:2018/11/21) 総理大臣就任によって、アカウンタビリティを向上 させるための都市への政策が都市対地方のクリー ヴィッジ3 を顕在化させた。地方と都市との医療格 差対立について取り上げたのは、行政学者の伊関友 伸氏である。医療の高度・専門化に伴って、病院に おける地方と都市の二極化が発生した。地方での医 師確保は、都市との医療連携だけでなく住民の協力 が必須であり、医師獲得のために地方と都市で対立 している場合ではないことが述べられた。 本論文は以下に示す全 4 章から成る。第 1 章では 水道の起源や水道に関する法律を含めた上水道の 歴史と仕組みの整理、第 2 章では全国、東京都、山 梨県のデータ分析、第 3 章では第 2 章においてに分 析されたデータの比較、第4章では水資源に関わる パートナーシップと山梨県で行われているプロジ ェクトの紹介と特徴分析を行う。 第 1 章 上水道の歴史・仕組み 1-1 水道の起源 記録に残る日本最古の水道は、小田原早川上水と されている。これは北条氏康によって小田原城下に 水を引き入れるために築造されたものであり、主に 飲用を目的とし、木樋により給配水され炭や砂でろ 過して使用していたとされる4 。 1590(天正 18)年に、徳川家康の命により小石川 上水を前身とする神田上水が築造された。これは井 之頭池等の湧水を水源として取水口までは自然河 川を利用し、取水後は石樋と木樋の地中配管で江戸 中に導水・配水したものである。これら水道管の総 延長は 28km に及び、水道橋やサイフォン5 のほか水 量や濁度をチェックする水見枡も存在した。用途は 飲用のほか近郊の灌漑用水としても用いられ、自然 流下により導配水される水は水道管をつなぐ枡で 3 政治的対立の背景となる社会的亀裂のこと。 4 宇都宮市上下水道局『宇都宮市水道百周年 下水道五十 周年史』(2017)p.11 5 隙間のない管を利用して、液体をある地点から目的地 まで、途中出発地点より高い地点を通って導く装置のこ と。
  • 2. 2 水位と方向が調整されるとともに、随所に設けられ た汲み上げ用の上水井戸に引き込まれ、人々はそこ から鶴瓶などで汲み上げて利用していた。 さらに江戸の人口増大とともに、1654(承応 3)年 の玉川上水から 1696(元禄 9)年までの本所(亀有) 水道、青山水道、三田水道、千川上水に至る「江戸 の六上水」が相次いで整備された6 。 「水銀」と称されるいわゆる水道料金が課された が、「武家は石高、町方は小間割に応じて徴収され る税金のようなもの」であったとされる7 。幕藩体 制の下で大名諸侯の城下町でも同じような水道が 築造され、耐圧石管を利用した鹿児島城下の冷水御 用水道(1723)、濁水対策に沈殿地を設けた福山水道 (1622)、銅樋(水路橋)を用いた水戸笠原水道(1663) などの特徴が見られるが、旧水道はいずれも飲料に 適した水源から取水し自然流下により城下市中に 導配水する水道であり、明治維新後も使われ続けた。 1-2 近代水道の導入と普及 明治時代には上水路の汚染や木樋の腐朽といっ た問題が生じ、また消防用水の確保という観点から も、近代水道の創設を求める声が高まった。 近代水道が最初に導入されたのは 1887(明治 20) 年の横浜水道であり、技術顧問の英国人技師パーマ ー(Henry Spencer Palmer)のもとで建設された8 。 それは相模川上流を水源にろ過した水を消毒し、ポ ンプと鋳鉄管により市内に送水するものであった。 背景には開国とともに持ち込まれ 1886(明治 19)年 に大流行したコレラへの対策とともに、首都に近い 開港場として国家の体面があったとされる。しかし、 実際の目的は伝染病の防除、安全な水の供給、消火 用水の確保であった。第 1 号となった横浜に続いて、 函館(1889)、長崎(1891)、大阪(1895)、東京(1898)、 6 東京都水道局『東京の水道』(2017)p.44 7 丹保憲治『水の危機をどう救うか』(2012) PHP 研究所 8 横浜市水道局「横浜水道 130 年の歩み」 <http://www.city.yokohama.lg.jp/suidou/> (最終閲覧 日:2018/11/07) 神戸(1899)という三府五港を経て、その他主要都市 へと次々に近代水道が整備されていった。 近代水道の導入により、従来の「水を汲む」こと から「水が湧き出る」を体感することになり、市民 は驚きをもって西洋文明の成果に触れることにな った。しかし、給水工事の手続きや水道料金の支払 いを知らない者が多く、当初の給水申込みは東京・ 大阪などでわずかに 4〜5%と低調で、長崎では反対 運動が起き一時水道料金を無料とする取り扱いが とられた。 とはいえ、近代水道により生活利便性は著しく向 上することになり、消防効果もきわめて大きいこと が実証された。また、肝心のコレラの防除では着実 に発生回数が抑えられるとともに、発生しても大流 行にはつながらない効果が示された。 明治から大正へと時代が移るにつれ水道の敷設 は全国の地方都市にも波及し、水道の敷設府県は 1911(明治44)年の全国17道府県から1925(大正14) 年には 42 道府県となり、水道のない府県はわずか 5 県(岩手県・石川県・和歌山県・愛媛県・沖縄県) となった。 大正時代には、日本が世界で列強の仲間入りを果 たし中期までは経済的な好況に恵まれ、産業基盤を 中心に社会資本の整備が進んだ。第 1 次大戦後の経 済不況と関東大震災、世界恐慌、第 2 次大戦などの 時代の流れのなかで水道は、全国的な普及とともに 従来からの公衆衛生施設としての性格に加え、都市 の生活基盤施設としての役割を高めていった。 1-3 水道条例から水道法へ 近代水道の普及と発展には、根拠や基礎となる法 制度の整備と財源の確保が不可欠であるが、「水道 法」の前身にあたる「水道条例」が制定されたのは、 横浜水道が導入された 3 年後の 1890(明治 23)年で あった。 全 16 条からなる「水道条例」では、第 1 条にお いて「水道トハ 市町村ノ住民ノ需要ニ應シ給水ノ 目的ヲ以テ 布設スル水道ヲ云ヒ…」と規定し、市
  • 3. 3 町村住民の給水需要に応えるものを水道と定義し た。また、1908(明治 21)年に公布された「市制町 村制」を受け、第 2 条で「水道ハ市町村其公費ヲ以 テ布設スルニ非ザレバ之ヲ布設スルコトヲ得ス」と 定め市町村公営原則を法制化し、これにより横浜水 道は県から市へ移管された。 ただ、人口急増に直面した市町村にとっては、市 街地開発や他の社会資本整備に追われ水道整備の 資金確保が困難であった。その後の条例改正で、市 町村に資力がない場合に限定して例外的に民営水 道を許可し、許可期間満了後または期間内の市町村 による買収が規定された。そのほか、水道布設の内 務大臣認可(第 3 条)にもとづく認可事項第 10 項で は、水道料金に関する等級・価格・徴収方法などが 示されており、水道布設後の料金徴収が予定されて いた。 さらに水質管理(第 3 条、第 8 条、第 10 条)につ いては、布設時の水源水質検査、地方長官による水 質不良の改善命令、利用者の水質調査請求などが規 定されるとともに、共用給水器や消火栓の設置が市 町村に義務づけられた(第 15〜16 条)。こうした水 道条例の性格は、公衆衛生の確保を図る規制法であ ると同時に、水道事業の円滑・適正な運営を図る事 業法でもあった。 水道条例は 5 次にわたる改正を経て 1957(昭和 32)年に廃止され、新たに「水道法」が公布された。 水道条例と比較した水道法の主な特徴は、①目的と して「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もっ て公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与する こと」としたこと、②水道事業(上水道事業)を給水 人口 5,001 人以上、簡易水道事業を 5,000 人以下の 水道として区別するとともに、新たに水道用水供給 事業と専用水道を水道として定めたこと、③水質基 準、施設基準、認可基準、供給条件(供給規程)等の 事業要件を定めたこと、④認可、届出、検査、水道 技術管理者、衛生上の措置等の建設や管理に関する 各種の規制を定めたこととされている。 重要な戦後改革の一つに地方自治の確立がある が、日本国憲法第 92 条は「地方公共団体の組織及 び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、 法律でこれを定める」としている。 これを受け自治体の組織・運営の基本事項を定め た法律(一般法)が地方自治法(昭和 22 年公布)であ り、水道法第 2 条において「上水道その他の給水事 業」の経営は市町村の公共事務(固有事務)と規定さ れた。水道条例以来の市町村公営原則を再確認する ものともいえるが、地方分権改革による 2000(平成 12)年の改正により、自治体の事務は自治事務と法 定受託事務の 2 つに再編され、水道事業は自治事務 に分類されることになった。 1-4 東京都と山梨県の水道局 上記 1-3 で述べられた水道事業の分類をさらに 細分化し、東京都及び山梨県の水道局の体系を述べ てゆく。 ここでは東京都及び山梨県において上水道事業 がどの部門によって管理されているか見ていく。 東京都における水道事業は、2017(平成 29)年 3 月の時点で上水道事業が6事業、簡易水道事業9 が 10 事業存在している。また、水道施設は水道事業 より給水を受けているものも含め、専用水道が 434 施設ある。これら全てによる給水人口は約 1,369 万 人で、水道の普及率は概ね 100%となっている。こ のうち給水人口の約 98%を占める 1,332 万人の給水 は、都営水道「東京都水道局」によるものである。 これは厚生労働大臣の認可を受けている。その他の 水道事業には、武蔵野市、昭島市、羽村市の市営水 道が 3 事業、大島町北部と八条町坂下地区の町営水 道が 2 事業ある。これらは都知事の認可を受けてい る10 。 9 給水人口が 5000 人以下である水道により、水を供給す る水道事業をいう。 10 東京都福祉保健局「東京都の水道」(2017) p.3 <http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kankyo/su ido/water/index.files/H29tokyotonosuido2.pdf>(最 終閲覧日:2018/11/22)
  • 4. 4 山梨県の水道は市町村等の地域別で事業が行わ れている。2017(平成 29)年 3 月の時点で水道法適 用施設は、水道用水供給事業が 2 箇所、上水道事業 が 16 箇所、簡易水道事業が 239 箇所、専用水道が 34 箇所ある。これら全てによる給水人口は約 82 万 人で、水道の普及率は 98.2%である。市町村別では、 市は 98.8%、町は 97.3%、村は 80.8%となっており 村の普及率が市町の普及率に比べて低い現状にあ る。水道用水供給事業は事業主体が 2 つの広域水道 企業団であり、合計 6 市に給水を行っている。上水 道事業は事業主体が 16 の市町村等であり、それぞ れの地域に給水を行っている。簡易水道事業は各自 治体の公営もしくは地域の企業の民営で行われて いる11 。 したがって東京都では、都内ほぼ全域を都営水道 「東京都水道局」が一括管理している。一方で山梨 県では、水道に関する統計は山梨県福祉保健部衛生 薬務課長が県内全域について行っているものの、水 道事業自体は各自治体もしくは民間企業により行 われている。 第 2 章 データ分析 2-1 全国における水資源のデータ まず、「生活用水」についての定義を行う。調理 や洗濯、風呂や掃除など家庭で使用される水を「家 庭用水」と言い、またオフィスや飲食店等で使用さ れる水を「都市生活用水」と言い、これら二つを合 わせて「上水道=生活用水」と呼ぶ。 ここでは全国の①生活用水使用量、②水道料金、 ③ミネラルウォーター生産量について分析する。 まず国土交通省水産資源部の作成した生活用水 使用量の推移によると全体では使用量自体は増加 している傾向にある。2005(平成 17)年あたりから 多少の減少がみられるが大幅なる減少には至って いない。よって近年は漸減傾向にあると言える。水 11 山梨県福祉保健部衛生薬務課「山梨県の水道」(2016) p.6 p.9 pp.28-46 <http://www.pref.yamanashi.jp/eisei-ykm/documents /h28suidoyamanashi.pdf> (最終閲覧日:2018/11/22) 道技術研究センターの世界の生活用水使用量マッ プによると 2018(平成 30)年 8 月現在、①一日一人 当たりの使用量は 224L というデータが算出された。 また、上水道と簡易水道、専用水道の三つを合わせ た年間給水量は 2015(平成 27)年には 151.2 億㎡と のデータが発表されている。 次に②水道料金の全国平均は 1,960 円である。こ の値段については「水道事業は、水道を利用する皆 さまからの料金で施設を建設し経営していくとい う考え方から独立採算制を原則としています。その ため水道事業ごとに料金が異なります。水道料金格 差の要因には、水源の種類や場所、水道施設の建設 時期、事業規模、さらに人件費や施設の維持管理費 などの違いが挙げられます。」と日本水道協会は述 べている 5。年々消費量が増加している③のミネラ ルウォーター生産量は全国で増え続けており、 2017(平成 29)年は 3,254,788kL との報告が上がっ ている12 。 2-2 山梨県の水資源利用状況 まず、2013(平成 25)年に策定された「やまなし 水政策ビジョン」13 から①一日一人当たりの生活用 水使用量は 402L であった。 次に水道料金を算出する。山梨県内で統一された 水道料金表はなく、各地域によって水道料金が異な る。ここでは甲府市の水道料金14 を算出し山梨県の データとする。水道料金・下水道使用料早見表によ ると呼び径は 13 ㎜であり、試用期間が 2 ヶ月間の ため、数値の二分の一を 1 ヶ月に置き換えると使用 水量 10 ㎡における水道料金は税込で 858 円となる。 12 一般社団法人日本ミネラルウォーター協会 統計資料 <file:///Users/macuser/Downloads/2018071114390515 40.pdf> (最終閲覧日:2018/10/8) 13 山梨県「やまなし水政策ビジョン〜持続可能な水循環 社会を目指して〜」(2013) p.25 <http://www.pref.yamanashi.jp/sinkan-som/document s/water_vision.pdf> (最終閲覧日:2018/10/8) 14 甲府市上下水道局 一般向け情報水道料金・下水道使 用料早見表 <https://www.water.kofu.yamanashi.jp/data/files/p df/sonota/hayamihyou13mm8%.pdf> (最終閲覧 日:2018/10/8)
  • 5. 5 よって山梨県甲府市における呼び径 13 ㎜、使用水 量 10 ㎡での一ヶ月の②水道料金は 858 円となる。 ③ミネラルウォーターは 2017(平成 29)年 1,427,005kL の生産量を誇り、全国第一位の 43.8% の割合を占めている。 2-3 東京都の水資源利用状況 まず、東京都水道局における「平成 28 年度生活 用水実態調査」15 から①一日一人当たりの生活用水 使用量は 273L であった。 次に水道料金を算出する。東京都(23 区)は 2005(平成 17)年 1 月 1 日から新たな水道料金16 の計 算方法が適用されるようになった。今回は一般家庭 (呼び径は 13 ㎜、10 ㎡)での一ヶ月の料金を比較す る。東京都は呼び径 13 ㎜での基本料金は 860 円で あり、1〜5 ㎡では 0 円、6〜10 ㎡では 1 ㎡につき 22 円の加算が含まれる。従って 860+(22×5)=970 円という計算が成り立ち消費税 8%を加えると 1,047 円となる。東京都(23 区)における呼び径 13 ㎜、使用水量 10 ㎡での②一ヶ月の水道料金は 1,047 円となる。 ③ミネラルウォーター生産量は 2017(平成 29)年 135kL のデータが得られた。 第 3 章 データで見る山梨県と東京都 3-1 水生産・使用量の比較 山に降る雨や雪は、森林を潤しながら山麓を流れ る地下水である伏流水となり、山梨県は“天然の水 がめ”と呼ばれるほど豊富な水が湧き出ている。良 質な水は、山梨の特産である果物を作り出し、果物 や野菜だけでなく、甲州ワインビーフや甲斐サーモ ンレッドなどの名産品を生み出している。 また、山梨県は日本のミネラルウォーター発祥の 地で、全国シェア 4 割を誇る。ミネラルウォーター 15 東京都水道局「くらしと水道〜世帯人員別の一ヶ月あ たりの平均使用水量〜」 <https://www.waterworks.metro.tokyo.jp/kurashi/> (最終閲覧日:2018/11/8) 16 東京都水道局『東京都水読本 区部版』(2018) p.7 に関して、山梨県は昨年度の 2017(平成 29)年、 1,427,005kL を生産しており、全国の 43.8%のシェ アを占めている。対して東京都は 135kL の生産量と 全国第 36 位の生産量であった。以上より、東京都 に限らず、日本中で山梨県の水が口に運ばれている ことが多いと判明した。 水源の供給地である山梨県は、需要地である東京 都と比べてどういった水使用の特徴があるのか見 ていく。上水道の使用量について調査(生活用水使 用量と給水人口で除した)すると、東京都は 273L、 山梨県は約 1.4 倍の 402L であることが判明した。 日本人一人あたりが一日に使用する生活用水(上水 道)の量は 224L といわれており、地域によって 2 倍 もの差が生じるのは不自然に感じる。 一ヶ月の 10m³あたりの水道料金を比較すると、 山梨県は 858 円、東京都は 1,047 円で、山梨県の方 が割安であるが、どちらも軒並み全国平均の金額 (1,550 円)を下回っていることが判明した。 人間が生活を営む上で使用する水は全国的にほ ぼ一定量であると想定できるので、極端に山梨県民 だけが水を大量消費することは考えにくい。山梨県 が上水道の使用量が多いことに関して、様々な仮説 を立てて行くうちに、東京都にはない山梨県特有の 上水道の使われ方を発見した。それは、果樹への上 水道の散水量が多いことである。山梨県は果樹栽培 が盛んであり、比較的平地に果樹園が多くあるので、 必要に応じて上水道を用いて散水を行っていると 推測される。ただし、果樹収穫期と照らし合わせて の水の月平均使用量が確認できるデータが確認で きなかったので、確証を裏付けることができなかっ た。 3-2 水に関する災害時の対策 近年、相次いで自然災害による水道被害が多発し ている。東日本大震災において、東京都では約 257 万戸が断水し、特に、水道管の破裂による被害が多 発したため復旧までに長期間を要した。
  • 6. 6 東京都で行われている災害時の対策について東 京都水道局日野サービスステーションにインタビ ューを行った。東京都では現在、予防・応急 2 つの 面での震災対策が行われている。 予防対策としては、貯水池の堤体強化、自家用発 電設備の新設・増強、配水管の耐震継手化、避難所 等給水管の耐震化が挙げられた。特に配水管の耐震 継手化については、被災した場合に断水被害を最小 限にとどめること、可能な限りの給水を確保するこ と、復旧日数を短縮すること、平常生活へ早期回復 することを目的に「水道管路の耐震継手化 10 ヵ年 事業」が行われている。 応急対策としては、特に応急給水が挙げられた。 震災等の災害で断水した際に「災害時給水ステーシ ョン」が開設される。半径約 2km 圏内に 1 箇所給水 拠点が設置され、給水拠点から離れている避難所等 には給水車等の車両を使用して水が運ばれ、給水拠 点での応急給水を補完するために避難所付近のあ らかじめ指定された消火栓等に仮設の蛇口が設置 される。 一方、山梨県では県全体を管轄している部署がな いので、我が学び舎がある甲府市役所防災企画課・ 防災指導課にインタビューを行った。そこでは、東 海地震の被害想定を基準に、様々な水のインフラ対 策を行っていることが判明した。 まず指定避難場所には非常用貯水槽が地下に埋 まっており、緊急時に飲料水が住民 1 人に対して 3 日分(1 日 3L)確保できるシステムを導入し、貯水槽 が設備できない場所には相当分のペットボトルを 用意している。また、全国初の試みとなる市内全域 518 の自治体にて防災研修を行なっており、水に関 するインフラが止まっても地域住民の間で扶助共 助が行えるよう、日頃の災害対策に備えている。さ らに、市内にある 92 の民間企業・水道局・横浜市・ 水戸市と協定を結び、他県とも水インフラを始めと する災害対策の扶助共助の関係を作り出している ことが判明した。 以上から、東京都では、水道管の耐震工事を行っ ており、ハード面のアプローチを積極的に行ってい ることが判明した。山梨県では、水道管に対する直 接的なアプローチは行っていないものの、災害時対 策のためにハード・ソフトの両面の対策を行ってい ることが判明した。 第 4 章 事例分析 ここからは、世界・日本・水源地である山梨県の 水源保護に関するパートナーシップ例を紹介する。 山梨県内では、水源地の保全活動など多くの事業が 各自治体で展開されている。 4-1 世界・日本・山梨県での水源保全のパート ナーシップ・条例 世界では水不足が広がっている。2011(平成 23) 年には、41 か国の特に多くの都市部で水ストレス17 を経験した。うち 10 か国では、再生可能な淡水が 枯渇寸前となり、干ばつの多発や砂漠化は水不足に 拍車かけており、2050 年までに 4 人に 1 人以上が 慢性的な水不足の影響を受ける可能性が高いと示 唆されている18 。 そのため、国連では「持続可能な開発目標(SDGs)」 を掲げて対策に講じている。17 ある目標の一つに 「安全な水とトイレをみんなに」という項目を制定 した。2030 年までに、安全で手ごろな飲み水への 普遍的なアクセスを全世界で確保するために、具体 的に、インフラの整備投資・衛生施設を提供や、あ らゆるレベルで衛生状態の改善を促すアジェンダ を策定している19 。 日本を含むアジア 13 カ国では、アジア水環境パ ートナーシップを 2004(平成 16)年に締結した。主 17 水需給の逼迫の程度を表す指標で、1700 立方メートル を下回ると水ストレス下にあるとされ、1000 立方メート ルを下回ると水不足と呼ばれる。 18 日本学術会議・日本の展望委員会「持続可能な世界構 築のために」(2010) 19 国連開発計画(UNDP)「持続可能な開発目標(SDGs)とは」 <http://www.jp.undp.org/content/tokyo/> (最終閲 覧日:2018/10/31)
  • 7. 7 にアジアモンスーン地域を対象として、水質モニタ リングや水質汚濁防止技術の優良事例など関係諸 国と共有可能なデータベースを構築する事業を行 なっている20 。 一方我が国及び都道府県は、保安林の計画的な指 定を進めており、そのうち約 75%が水源涵養保安林 に指定され、豊かな水の土壌となっている森を守っ ている 特にいくつもの水源地がある山梨県では、「山梨 県地下水及び水源地域の保全に関する条例」が 2012(平成 24)年 12 月 27 日に制定された。県民の 生活や地域産業の基盤となっている地下水の状 況・水源地域における土地取引の実態を把握し、地 下水の適正な採取・水源地域における適正な土地利 用の確保が目的だ。その他にも、山梨県では湧水保 全に関する条例が 19 本ある。 さらに、山梨県では「やまなし『水』ブランド戦 略」と銘打って水を生かした県のイメージアップ、 地域・産業の活性化を図るとともに、水の土壌であ る豊かな森林づくりを進め、水源涵養機能の強化を 行っている21 。他にも、水源地として名高い北杜市 では「水の山プロジェクト」として、市内にある企 業(サントリー食品インターナショナル株式会社、 以下 6 社)とパートナー協定を結び、市民・企業一 体となって地域活性化を進めている22 。 4-2 事例からみた山梨県の水資源管理の特徴 山梨県では水そのものの保全はもちろん、水源・ 供給地としての保護活動を積極的に行なっている ことがわかる。4-1 で上げられたように世界的な水 不足に対し、山梨県は「水がどこからやってきたの 20 公益財団法人地球環境戦略研究機関「アジア水環境パ ートナーシップについて」 <http://wepa-db.net/3rd/jp/about.html> (最終閲覧 日:2018/10/31) 21 山梨県「やまなし『水』ブランド戦略」(2016) <http://www.pref.yamanashi.jp/kankou-sk/documents /yamanashi_brand.pdf> (最終閲覧日:2018/10/17) 22 北杜市「『水の山』プロジェクト」 <http://www.mizunoyama.com/about/> (最終閲覧 日:2018/10/8) か」、「水がなくなったらどうなるのか」、などと いった将来を見据えた事業展開をする傾向がある。 それは水源地であり、水との距離が近い山梨県だか らこそアプローチできるのではないか。また、行政 や NPO などのボランティアが独立して活動するの ではなく協働という形でタッグを組むことにより 様々な意見や視点を得ている。世代を超えて水の大 切さを伝承していくためには地域や企業という枠 組みを取り除く必要がありそうだ。 おわりに ここまで水資源をめぐる山梨県と東京都の比較 を試みた。山梨県は水使用量が群を抜いて多いもの の、水の源である水源地保護活動が自治体だけでな く、市民や企業までも巻き込んで盛んに行われてい ることが判明した。また、災害時の対策として、人 との繋がりを大切にしたソフト面重視の施策が実 行されていることがインタビューより割り出すこ とができた。対して、東京都は東京都水道局が水源 地管理を一括して取り仕切っている。土地柄人の出 入りが激しいので、災害時の対策としてソフト面の 施策は程々に、ハード面強化を行なっていることが 判明した。 したがって、水を通してまち全体の共生・地域連 携や市民参加によって人との繋がりが強固である という点において、山梨県は東京都より優位に立つ と考えられる。単なるインフラとして上水道を享受 するのではなく、さらに発展させて水資源を利用し ている山梨県に軍配を上げたい。 今回の検証では、東京都と山梨県で上水道管理の 仕組みが異なっており、資料やデータの所在が不明 確な点が多かったことが反省材料である。今後は、 インタビューやヒアリングなどの調査をより広い 地域や分野で行うよう心がけていきたい。 参考資料 ・伊関友伸(2013)『月刊福祉』社会福祉法人全国社 会福祉協議会
  • 8. 8 ・一般社団法人日本ミネラルウォーター協会(2017) 統計資料 <file:///Users/macuser/Downloads/201807111439 051540.pdf >(2018.10.8 アクセス) ・宇都宮市上下水道局(2017)『宇都宮市水道百周年 下水道五十周年史』宇都宮市上下水道局 ・公益財団法人地球環境戦略研究機関(2004)「アジ ア水環境パートナーシップについて」 <http://wepa-db.net/3rd/jp/about.html>(2018.1 1.21 アクセス) ・甲府市上下水道局(公表年不明)水道料金・下水道 使用料金早見表 <https://www.water.kofu.yamanashi.jp/data/fil es/pdf/sonota/hayamihyou13mm 8%.pdf>(2018.11.21 アクセス) ・国際連合広報センター(2018)「世界的な水危機を 回避するために」 <http://www.unic.or.jp/news_press/features_ba ckgrounders/27687/> (2018.11.21 アクセス) ・国連開発計画(UNDP)「持続可能な開発目標(SDGs) とは」<http://www.jp.undp.org/content/tokyo/> (最終閲覧日:2018/10/31) ・白鳥浩 (2009)「都市対地方の日本政治—現代政治 の構造変動-」株式会社芦書房 ・総務省自治財政局公営企画経営室(2018)「水の持 続的な経営を確保するために必要な対策の考え方 について」 <http://www.soumu.go.jp/main_content/00056030 5.pdf>(2018.11.21 アクセス) ・丹保憲治 (2012)「水の危機をどう救うか」PHP 研究所 ・東京都水道局「くらしと水道〜世帯人員別の一ヶ 月あたりの平均使用水量〜」 <https://www.waterworks.metro.tokyo.jp/kurash i/> (2018.11.8 アクセス) ・東京都水道局サービス推進部サービス推進課 (2017)『東京の水道』 ・東京都水道局(2018)『東京都水読本 区部版』 ・東京都福祉保健局(2017)「東京都の水道」 <http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kanky o/suido/water/index.files/H29tokyotonosuido2. pdf>(2018.11.22 アクセス) ・日本学術会議・日本の展望委員会(2010)「持続 可能な世界構築のために」 <http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo -21-tsoukai-6.pdf>(2018.11.21 アクセス) ・山梨県福祉保健部衛生薬務課(2016)「山梨県の水 道」 <http://www.pref.yamanashi.jp/eisei-ykm/docum ents/h28suidoyamanashi.pdf>(2018.11.22 アクセ ス) ・山梨県(2013)「やまなし水政策ビジョン~持続 可能な水循環社会を目指して~」 <http://www.pref.yamanashi.jp/sinkan-som/docu ments/water_vision.pdf>(2018.11.21 アクセス) ・山梨県(2016)「やまなし「水」ブランド戦略」 <http://www.pref.yamanashi.jp/kankou-sk/docum ents/yamanashi_brand.pdf>(2018.11.21 アクセス) ・山梨県北杜市(2018)「『水の山』プロジェクト」 <http://www.mizunoyama.com>(2018.11.21 アクセ ス) ・横浜市水道局(発行年不明)「横浜水道 130 年の歩 み」 <http://www.city.yokohama.lg.jp/suidou/kyoku/ suidoujigyo/yokohamasuidou130nenenoayumi.html >(2018.11.21 アクセス) 謝辞 本研究を進めるに当たり、東京都水道局日野サー ビスステーション、甲府市役所防災企画課、山梨県 庁福祉保健部に多大な助言を賜った。厚く感謝を申 し上げる。 また、申先生にはご助言を戴くとともに、本論文 のご指導を戴いた。ここに深謝の意を表す。