馬のお産 自然なお産と助産の方法
- 21. 検証① APGAR導入前後での新生仔管理の変化
• 対照群 627頭 (APGAR導入前 2006-7年度)
• APGAR群 1425頭 (APGAR導入後 2008-11年度)
NICU 搬送率
新生仔死亡率
奇形馬の経済的理由による廃用を除く
育仔拒否の発生率
統計処理はχ2乗検定
Editor's Notes
- 新生仔馬において、出生直後の呼吸循環が障害された状態は、新生仔仮死と定義されます。この新生仔仮死の重篤化は、HIDへと進展します。HIDの治療・救命のためには、NICUに搬送し24時間体制の看護が必要となるため、繁忙期のサラブレッド生産牧場の経済的・人的負担が非常に大きいことが課題となっています。
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HID予防のために重要である、新生仔仮死の発見と対処方法は、これまで生産者の勘と経験に頼ってきました。そのため、診断と治療の指針となる、新生仔の健康状態の明確な評価方法が求められてきました。
- ヒト医療においては、新生児仮死の程度を評価するためにAPGARスコアが用いられており、馬にも応用され始めています。
しかし、これまでに、ウマ生産牧場でAPGARを実用化したことによる、新生仔管理の変化を検証した報告はありません。
そこで今回、分娩時APGARを導入した1牧場における、6年間、2052頭の分娩記録からAPGAR導入による新生仔管理の改善効果を検証しました。
- APGARの測定はいたってシンプルで、獣医師ではなく生産者自身で行うことが出来ます。分娩直後に写真のような状態で、手を当てて心拍数、呼吸数を数え、座り方、刺激に対する反応、粘膜の色を表のようにスコア化して合計10点満点で判定しました。
合計点が7点以下の場合、すぐに呼吸・循環改善のための治療を開始し、重症例ではNICUへ搬送しました。
- 検証①として、APGAR導入前の627頭、導入後の1425頭をそれぞれ対照群・APGAR群としてNICU搬送率、新生仔死亡率、育児拒否の発生率を比較しました。
写真はNICUの様子です。重症の仔馬を搬送し、親子を隔離して持続栄養点滴と対症療法による完全介護を行います。
- 結果です。
NICU搬送率は、対照群2.7%からAPGAR群では1.2%と有意に低下しました。新生児死亡率は低下傾向はありますが有意差は認められませんでした。
NICU搬送率低下は、APGAR導入による新生児仮死の早期診断、および速やかな治療開始が要因であったと考えられます。
また興味深い変化として、APGARに基づいた分娩時の牽引介助の廃止が挙げられます。
従来当牧場では、助産の意識が強く、娩出中の仔馬を引っ張り出していたのですが、出生時心拍数が毎分60以下と低い傾向がありました。
今回、APGAR群では正常分娩における牽引介助を廃止した結果、出生時心拍数が上昇しました。これも新生児仮死予防の一助となった可能性があると考えています。
- 次に育児拒否の発生率の結果です。分娩後の母馬は、写真のようにわが仔を匂い・舐めることで認識します。
この母子認識が損なわれると、仔馬に乳を飲ませない・攻撃する、いわゆる育児拒否が発生します。
サラブレッドの育児拒否発生率は0.5%以下といわれており、当牧場の対照群1.4%は高い傾向がありました。
この一因と考えられたのが、新生仔が虚弱である可能性を想定して、予防的に全頭に行ってきた、タオルマッサージなどの新生児のケアでした。
今回APGAR導入により、ケアが必要な馬が限定されたので、APGARが高い場合は、できるだけ母子に干渉しないように努めました。
その結果、育児拒否の発生率は0.07%まで有意に低下しました。
- 次に、APGARと予後の相関性について検証しました。
さきほどのAPGAR群を、スコア別に、3群にわけ、NICU搬送率、新生仔死亡率、および育成期死廃率を比較しました。
高スコア群は分娩後無処置。中スコア群は、APGAR測定後すぐに酸素吸入と、タオルマッサージを行い、10分後までにAPGARを再測定し、改善しない場合は、NICUに搬送しました。
低スコア群は、スライドに示す蘇生措置の後、速やかにNICUへ搬送しました。
- 結果です。
APGARの低下に伴い、NICU搬送率・新生児死亡率は有意に増加しました。また育成期死廃率も中スコア群で有意に増加しました。
ポイントとして、中スコア群、NICU搬送率が22%に留まっていることから、分娩時APGARが低くても、約3/4が重症化せずに回復したことがわかります。
育成期廃用の主な理由は、胎盤炎による低体重出生馬の成長不良でした。また、このレントゲン画像のようにtarsal collapseの悪化を理由に廃用となるケースも多く見受けられました。
その一方で、低スコア群2頭のうち1頭は無事成長し、競走馬として登録されています。
- 以上のまとめです。
高APGAR群では、新生児仮死からのHID発症はなく、出生時の特別なケアが不要であることが示唆されました。
また、APGAR導入が、分娩介助・新生児の観察、母子への人の干渉を見直すきっかけとなり、当牧場では育児拒否の発生率の低下につながりました。
低APGAR群は、すみやかな蘇生処置とNICU搬送により、救命できれば競走馬になり得ることが示唆されました。
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APGAR導入後のNICU搬送率の低下、つまりHID発症率の低下は、新生仔仮死のボーダーラインである中APGAR群における、早い診断と応急処置によるものと考えられます。
今回、NICU搬送の指標とした、応急処置後のAPGARの再測定は、生産者が往診を依頼する一定の指標になり得ると考えられました。
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今回、中APGAR出生馬の育成期廃用率が高かったことから、特にNICUにおける長期治療を行うにあたっては、患馬の経済的価値や出生体重・骨成熟に基づいた、
予後リスクに対する慎重なインフォームド・コンセントが必要であると考えられます。