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土井 脩史(京都大学・研究員)
李 明香(立命館大学・研究員)
京町家における居住文化に対応した
断熱改修手法に関する研究
未来の京都創造研究事業最終成果報告会
2016年3月22日
1.研究概要
◯京町家:内部と外部の繋がりによる居住文化
背景(1):夏を旨とする京町家 1
夏を旨とする住まい
伝統的な京町家モデル
エネルギー消費を抑えつつ、
冬の寒さを和らげる断熱改修が必要
• 最大限の風通しにより夏期の快適性を得る
• 繊細な季節の変化を感じながら住まう
背景(2):冬を旨とする省エネ住宅 2
京町家における豊かな居住文化を踏まえた
京町家独自の断熱改修手法が必要
◯冬を旨とする省エネ住宅の考え方
・外皮(外壁や窓等)の高気密・高断熱化
外皮の高気密・高断熱化
冬を旨とする住まい夏を旨とする住まい
伝統的な京町家モデル
京町家適用への問題点
• 内部と外部の繋がりが消
失し、夏の快適性が失わ
れる
• 京町家の景観の乱れ
• 技術的・経済的に困難
外皮の高気密・高断熱化
冬を旨とする住まい
背景(3):夏も冬も旨とする部分断熱改修 3
京町家における居住文化を継承しつつ、
エネルギー消費を抑えた住まいの実現を目指す
◯部分断熱改修
• 外皮だけではなく内側の建具などによって部分的な
範囲のみ断熱改修
夏も冬も旨とする住まい
入れ子型部分断熱改修
断熱建具
夏を旨とする住まい
伝統的な京町家モデル
メリット
• 内部空間と外部空間の
繋がりの継承
• 外観の変更がなく、町
並みへの影響が小さい
• 改修費用の抑制
背景(4):平成の京町家 4
◯京都市の省エネ政策:平成の京町家
(新築住宅を対象とした認定制度)
(「平成の京町家コンソーシアム」パンフレット より引用)
新築住宅に対する省エネ政策が進む一方で、京町家を
始めとする既存住宅の省エネ政策は十分とは言えない
研究目的・オリジナリティ 5
◯研究目的
京町家における部分断熱改修の効果と課題を温熱環境
と住み方の2つの視点から検証し、京町家における居
住文化に対応した断熱改修手法を提示する。
◯研究の意義・オリジナリティ
• 外皮の高気密・高断熱化という全国的に推奨され
ている手法とは異なる京町家の特徴を活かした断熱
改修手法の研究であること
• 建物の性能(環境工学分野)だけではなく、居住
者の住まい方(建築計画分野)の視点も取り入れ
た研究であること
6研究対象
対象住宅の1階平面図
◯研究対象:同一街区内の3住宅
・「部分断熱改修」を実施:N邸
・「部分断熱改修」を未実施:I邸,O邸
7研究対象:N邸
天井裏断熱材
断熱建具
◯N邸の断熱改修
N邸1階平面図
座敷2から座敷1を見る
断熱建具の正面
太鼓張障子 太鼓張障子
太鼓張
雪見障子
太鼓張
雪見障子
8
凸側 凹側
研究対象:N邸
改修前 改修後
• 隙間風の減少(気密性能の向上)
• 建具表面温度の上昇(放射熱環境の改善)
◯N邸の断熱改修
9研究対象:N邸
10研究対象:I邸,O邸
◯I邸,O邸:不完全ながら断熱改修が実施されている
・I邸:屋根・床下の断熱、開口部を複層ガラスに変更
・O邸:屋根・床下の断熱、一部壁に断熱材
I邸
O邸
11研究方法とスケジュール
2.建物の断熱・気密性能
に関する測定・分析
測定項目 12
■測定主旨
① 簡易な測定によって部分断熱改修の効果を定
量化する。
② 部分断熱改修(居室単位での断熱改修)の評価
指標を構築する。
■測定方法
(1)空調停止後の温度変化測定(夏期・冬期)
(2)換気回数の測定(冬期のみ)
N
AC
冬期実測:測定居室の選定
N邸:座敷1・座敷2
◯測定居室:居住者が主に使用する居室
AC
O邸:2階居室
AC
I邸:2階居室
13
0
5
10
15
20
25
30
35
1
7
13
19
25
31
37
43
49
55
61
67
空気温度[℃]
経過時間[min]
縁側 外気 座敷1 座敷2
0
5
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20
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30
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1
7
13
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25
31
37
43
49
55
61
67
空気温度[℃]
経過時間[min]
縁側 外気 座敷1 座敷2
改修後
(断熱建具に変更後)
改修前
(断熱建具に変更前)
冬期実測結果:空調停止後の温度変化
◯測定結果の一部:N邸の改修前後のデータ
• 空調停止後の温度変化を測定
14
急な温度変化
緩やかな温度変化
y = 0.45e0.2961x
y = 0.2026e0.2586x
y = 2.8885e0.3769x y = 0.0224e0.6556x
1
10
100
1000
0 5 10 15 20 25
総合熱損失率[W/K]
室内外温度差[K]
省エネ基準
N邸改修前(近似)
N邸改修後(近似)
I邸(近似)
断
熱
性
能
低
高
結果:N邸(改修後)の「総合熱損失率」が最も小さ
な値となり、優れた断熱性能を示す結果となった。
15冬期実測結果:総合熱損失率による評価
冬期実測結果:換気回数の測定
y = 0.2384x
y = 0.1524x
y = 0.2451x
y = 0.1887x
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
1.6
1.8
2.0
0 2 4 6
換気回数[回/h]
温度差の平方根[ ]
N邸改修前 N邸改修後 I邸 O邸
√K
結果概要:I邸→O邸→N邸(改修後)の順で換気回数
が小さくなり、気密性能が高い。
気
密
性
能
低
高
16
3.居住者の住み方に
関する調査・分析
調査概要 17
(1)季節ごとの住み方の分析(3住宅)
(2)冬期におけるヒートショック調査(N邸)
調査目的:居住者が季節変化にどのように対応しているかを把
握することで、部分断熱改修の住み方からみた意義
を明らかにする。
調査内容:①一日の生活記録調査
②生活中の室内温度変化測定
③ヒアリング調査
調査目的:部分断熱改修で想定されるヒートショックが起こっ
ているのかどうかを検証する。
調査内容:被験者実験の実施
ヒートショック:急激な温度差によって発生する身体に大きな負担がかかること
18居住者の簡単なプロフィール
対象住宅の1階平面図
◯居住者概要
N邸
• 共働き子育て世帯
• 40代・夫、30代・妻、子ど
も(小学生)
I邸
• 共働き夫婦世帯
• 30代・夫、30代・妻
• 夫は自宅で仕事
O邸
• 共働き夫婦世帯
• 30代・夫、30代・妻
• 夫婦共に自宅で仕事
夏期 冬期
19
◯建具替え
(1)季節ごとの住み方の分析(N邸)
夏期の建具の開閉
20
基本的に空調を使用しない 稀に座敷2のみを空調する
基本的には室内建具を開放する
(1)季節ごとの住み方の分析(N邸)
冬期の建具の開閉
座敷2のみ 座敷1,2 DK
21
基本的には室内建具を閉めきる
来客なし 来客あり
(1)季節ごとの住み方の分析(N邸)
22
行為が色々な居室に分散
座敷2に行為が集中
冬期の1日(2016/1/24)夏期の1日(2015/9/12)
(1)季節ごとの住み方の分析(N邸)
23
I邸における建具の開閉
①建具の開閉による環境調整(夏期・中間期)
O邸における建具の開閉
(1)季節ごとの住み方の分析(I,O邸)
24
冬期の1日(2016/1/18)
暖房中も20℃以上
になっていない
②採暖による対応(冬期)
(1)季節ごとの住み方の分析(I,O邸)
25
夏期の1日(2015/9/8)
1階居間を使用
2階居間を使用
冬期の1日(2015/12/26)
③1階と2階の使い分け
(1)季節ごとの住み方の分析(I,O邸)
移動
測定項目
① 各空間、経路の室温度度
② 実測中の皮膚温度
③ 各空間での血圧
④ 各空間での温冷感・快適感
座敷1
座敷2
脱衣所
※全身脱衣
トイレ
※下半身脱
衣
ダイニング(土間)
庭
暖房居室 暖房居室非暖房居室
(2)冬期におけるヒートショック調査
ヒートショックに関する被験者実験概要
26
0
5
10
15
20
25
30
35
座敷2 廊下 ダイニング 廊下 座敷2
温度(℃)
気温 床温度
座敷2 廊下 ダイニング 廊下 座敷2
気温 床表面
座敷2 ダイニング 庭 ダイニング 座敷2
気温 床表面
110
120
130
140
150
160
座敷2 ダイニング 座敷2
血圧(mmHg)
スリッパ 裸足
座敷2 トイレ 座敷2
裸足 スリッパ
座敷2 庭 座敷2
トイレ
27
血圧変化が激しく、着
衣量の変化が影響
○移動場所からみたヒートショック
土間に触れる裸足の血
圧変化が大きい
温度差は大きいが、血
圧変化は小さい
ダイニング トイレ※下半身脱衣 庭
(2)冬期におけるヒートショック調査
0
5
10
15
20
25
30
35
座敷2 廊下 脱衣所 廊下 座敷2
気温(℃)
改修後 改修前
110
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140
150
160
座敷2 トイレ 座敷2
血圧(mmHg)
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座敷2 脱衣所 座敷2
血圧(mmHg)
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座敷2 廊下 トイレ 廊下 座敷2
気温(℃)
改修後 改修前 改修後温便座OFF
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温度差が小さい方が血圧変化が小さいものの、温度差の大小
にかかわらず血圧変化が発生している。
○温度差の大小からみたヒートショック
脱衣所※全身脱衣 トイレ※下半身脱衣
温度差大 温度差小 温度差大(暖房便座OFF)温度差大 温度差小
(2)冬期におけるヒートショック調査
4.結論と提言
(1)建物の断熱・気密性能の測定より
① 簡易な測定によって型部分断熱改修の効果を定量化
し、優位性を示した。
② 「総合熱損失率」という評価指標を提示し、対象住宅の
熱的性能を相対的に評価した。
結論 29
(2)居住者の住み方調査より
① 主要居室の断熱改修が冬期の寒さ対策として有効で
あった。
② 断熱建具を用いたことが季節に応じた住み方の実現に
有効であった。
③ ヒートショック発生を抑えるために、着衣量が変化する
トイレや浴室の温熱環境に課題があった。
提言 30
「改修版」平成の京町家の提案
部分断熱改修によって京町家の断熱改修に効果がある
ことを示した。新築の「平成の京町家」と併せて、京
町家の断熱改修の普及促進を支援する政策の展開が望
まれる。
◯居住文化の継承に向けた具体的な提言内容
• 住宅全体の断熱改修だけではなく、居室単位の部分
断熱改修も支援する。
• 断熱・気密性能の向上だけではなく、通風経路の確
保、間取りの柔軟性といった視点も評価する。
• 着衣量が変化するトイレや浴室における温熱環境の
改善を支援する。
ご清聴ありがとうございました

京町家における居住文化に対応した断熱改修手法に関する研究