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2011 年度
  国際コミュニケーション学科       卒業研究




スウェーデンの移民政策
     について

         8AWK1111
           石川素


         2012/01/20
1   要旨


 私は、大学2年生次に大学の留学制度を活用し6ヶ月間スウェーデンに留学した。留学
先のヨーテボリ大学では、留学生のために開講されている授業が多く、そこでスウェーデ
ンの文化を学んだ。恥ずかしながら、私は留学するまでスウェーデンに移民が多くいると
いうことを知らなかった。実際街行く人々は多種多様の国から来ていて、最初はスウェー
デン人の方が少ないのではないか、またスウェーデンにはこんなに多くの国から人が来る
なんて、それほど人気なのかな、くらいにしか思わなかった。
 改めて私が移民について考えるきっかけとなったのは、スウェーデンの文化という授業
においてだった。教授に配られた資料の中で、スウェーデンにて生活しているある移民の
一日が載っていた。まず明るい昼間はなるべく外に出ず、夜の暗い時間に外に出る。その
移民は随分昔明るい時間に外に出た際に、移民だというだけでスウェーデン人に罵倒され
たため、昼間はひっそりと暮らすと書いていた。
 一番印象に残っている教授の言葉がある。スウェーデンには多くの移民がおり、スウェ
ーデン人とうまく共存しているように感じるかも知れない。移民がいることでスウェーデ
ンは経済的に恩恵を受けている。だがその実、移民を好まないスウェーデン人も実は多い、
という言葉だ。外では移民の受け入れに賛成だと言うスウェーデン人でも、アンケート結
果では移民を受け入れたくないと答えた人が比較的多かったそうだ。
 私にとっては、スウェーデン人も移民も持ちつ持たれつで暮らしているように見えた。
教授の言葉を聴くまでは、移民を受け入れる環境が整えられているスウェーデンのことを
スウェーデン人も移民も受け入れていると感じていたのだ。なぜだか私は教授の言葉にシ
ョックを感じ、授業の後にスウェーデン人の友達に移民についてどう思うか尋ねてみた。
彼らは生まれたときから移民が当たり前に居る環境だったため、特に移民に対して意識を
したことはないと言っていた。ただ、移民が増えるのをよく思わない人も中にはいるとの
ことだった。
     移民をスウェーデンほど受け入れていない日本から来た私には、移民の事もスウェー
デン人の考えも想像するのが難しかった。そして、移民の受け入れ開始が比較的最近の国
日本が将来スウェーデンのように多く受け入れることになったら、という考えを抱くよう
になった。


 今回は、スウェーデンの移民政策について論じ、日本との比較までできればと思う。
1 要旨

2 目次

3 序論

4 国際移民の歴史・現状

5 スウェーデン移民の歴史

6 スウェーデンの現状

7 スウェーデン移民政策の良い点、問題点

8 各国と比較して

9 日本と比較して

10 スウェーデンの移民政策を参考に、日本でできること(案)

11 文献表

12 あとがき
3 序論
  2 億 1400 万人。これは何の数だろうか?これは生まれた国を出て、違う国で生活する国
際移民の数である。
  (2010 年現在、United Nations Population Division Department of Economic and
Social Affairs. International Migration 2009 .www.un.org/esa/population/unpop.htm)
  ちなみに移民という定義は、どこまでが移民なのかという明確な答えがない。永遠に外
国に定住しようと考えている人は永住移民、そして一年以内の帰国を考えている人は一時
的移民となる。
  今回は統計局や人口統計の多くが基準にしている一年を移民の基準として、進めていく。


  移民と一括りにしても、いくつかの種類に分けられる。


  (「一時的労働移民:一定期間のみ移住する労働者のことである。1」
                                 )


  (「長期滞在する低技能移民:一般に受入国は、低技能移民には一時的な滞在を期待する
が、西ヨーロッパの出稼ぎ外国人労働者の例に見られるように、一時的な滞在で終わるこ
とは少ない。2」)
  (「高技能移民・企業移民:多国籍企業で働き転勤になる者もいれば、国際労働市場で雇
用される者もいる。高技能移民の受け入れは、一部の先進国にとって主要な焦点になりつ
つある。3」)


  (「非正規移民:ビザなし移民、不法移民としても知られる。必要な書類は持たずに外国
に移住する移民のことである。合法的に入国しても、ビザの期限を越えて滞在したり、不
法就労したりする者もいる。世界の移民労働者には非正規労働者が多くいる。4」
                                    )


  (「難民:母国以外の国に居住し、
                 「迫害を受ける恐れが十分ある」ため母国に帰還でき
ない者、あるいは帰還を望まない者、と国連は定義している。ほとんどのOECD諸国が
難民保護を国際的に公約している。難民は過去にはかなり多く流失していたが、現在では
OECD域内への移民の主流ではない。5」
                   )



  1ブライアン・キーリー 『よくわかる国際移民―グローバル化の人間的側面』濱田久美
子訳、明石書店、2010 年、26 頁
 2 同上
 3 同上
 4 同上
 5 ブライアン・キーリー 『よくわかる国際移民―グローバル化の人間的側面』濱田久美

子訳、明石書店、2010 年、26 頁
(「亡命希望者:定義は種々あるが、難民との主な違いは、亡命希望者が本国や通過国滞
在時ではなく、受入国到着時に難民としての保護を求める点である。亡命申請は各国政府
にお却下されることが多い。6」)


 (「強制移民:難民や亡命希望者のほか、飢餓や自然災害から逃れてくる人々も含まれる。
7」)


 (「家族移民(家族再統合と家族形成):すでに外国に居住している家族と合流する人々
と、外国の居住者と結婚した者あるいは結婚を予定している者のことである。家族を呼び
寄せたり、新たに家族を形成したりする権利は、オーストラリア、カナダ、米国のほか、
大半のEU加盟国を含む多くの国で広く認められているが、許可対象者に関する規定にか
なりの違いがある。8」)


 (「帰還移民:一定期間海外に居住した後、出身国に戻る人々を指す。9」
                                  )


 (「出典:Where Immigrant students Succeed: A Comparative Reviews of Performance
and Engagement in PISA 2003(OECD, 2006) の資料を基に、スティーブン・キャッスル
ズ(Stephen Castles)の研究を参照した。10」
                             )


 学生や才能ある労働者、工事労働者や難民、日雇い労働者と多種多様である。
 グローバル化の影響で、我々は日々出身地や宗教、文化や習慣が全く違う人々と出会い、
混ざり合い生活している。異なるバックグラウンドをもつ相手と共存することの楽しさ、
そして難しさ。それは現在の社会で生活している者たちの特権である。お互いが気持ちよ
く接するために大事なこととは、自分と相手が互いを気遣い合うことである。そして、そ
れをバックアップする周りの力や公的な力が大切である。
 スウェーデンの移民政策は、統合に関する六つの政策分野における総合評点(移民政策
グループとブリティッシュ・カウンシルにより作成された移民統合政策指標(MIPEX))
で一番に輝いた。
 今回は、その一番になったスウェーデンの移民政策について深く掘り下げてみようと思
う。
 我々が住んでいる日本は、近年移民を受け入れ始めた国である。これまでの日本は、ス
ウェーデンのようには移民を受け入れてこなかった。そのため、日本国として移民政策に

 6 同上
 7 同上
 8 同上
 9 同上
 10 同上
関して他国を参考にする点があるのではないか、一人の日本人として勉強すべき点は数多
くあるのではないかと思う。
 スウェーデンの移民政策を基に、これからの日本が参考にすべき点とは何かを調べるこ
とにする。
4 国際移民の歴史・現状


 スウェーデンの移民政策を調べる前に、まず国際移民の簡単な流れを記していく。この
流れを知ることで、論文のテーマであるスウェーデンという国の移民事情をさらに深く学
びとれる。



                               国際移民数

    250,000,000

    200,000,000

    150,000,000

    100,000,000

     50,000,000

             0
                      1965年                2000年               2010年


 出所:United Nations Population Division Department of Economic and Social Affairs.
International Migration 2009 .www.un.org/esa/population/unpop.htm に基づき著者作成


 上記のグラフは国際移民数を表したグラフである。このグラフのとおり、国際移民数は
増加の一途をたどる。1965 年は世界の人口の内 2.3%を占め、7500 万人だった国際移民数
が 2000 年には 1 億 7500 万人までに伸びる。これは世界の人口の 2.9%である。昨年 2010
年はついに 2 億に達し 2 億 1400 万人となり、世界の人口の 3%となった。
2005 年~2010 年に貧しい国から豊かな国に移動した移民数は毎年 270 万人である。




 出所:United Nations Population Division Department of Economic and Social Affairs.
International Migration 2009 .www.un.org/esa/population/unpop.htm 参照


   国際移民の歴史をたどると、古くは 1450 年から奴隷の強制移動に始まる。奴隷の移住
は商品生産の基本要素であった。19 世紀の奴隷制度が廃止され、奴隷の代わりとなる新た
な安価な労働力となったのは、年季奉公労働者だった。彼らは植民地に向かい契約により
働いた。その後の大移住は、19 世紀から 20 世紀にかけてヨーロッパ人が米国に移動した。
この大移住は国際的な人間の自由な行動として、最大規模であった。
 そして、移住による国家形成となる。開拓移民の表向きの目的は農耕に適したと土地づ
くりであった。と同時に、国家形成と中央国家の支配下にある国土を目指していた。
 ヨーロッパによる約 500 年に及ぶ植民地化には、人々の移住をもたらした。
 そして迫害の結果、強制的に亡命した人々がいた。ユダヤ人やパレスチナ人、クルド人
を言う。
 また静かな移民も忘れてはいけない。家族結合を目的とする移民は志願移民の重要な要
素であり、南北アメリカやオーストラリアへのヨーロッパ人移民に代表される。1970 年代
全半の第一次石油危機以降、家族結合はとくに重要となった。


 世界的金融危機の後、自国民の雇用保護目的のために移民を受け入れない政治的圧力も
あった。オイルショック以降、ヨーロッパの数多くの国々そしてフランス、ドイツは南部
からの移民を制限するため、移民が自国に戻ることを推奨した。
 経済が回復しだした 1990 年代は移民を受け入れようとする国もでてきた。
2005 年、当時のEU加盟国中 6 カ国移民の雇用拡大で、7 カ国が移民を減らそうとし
た。
 しかし 2005 年国連の調査において、高技能移民の受け入れ増加を計画している国は 46
カ国の中心国・先進国中 15 カ国も計画しているとのことだった。




5 スウェーデンの移民の歴史


 国際移民のおおまかな流れが理解できたところで、今度はスウェーデンに焦点を絞って
いく。




           スウェーデン国民総人口と移民数
                 10000000
                  9000000
                  8000000
                  7000000
                  6000000
                  5000000
                  4000000
                  3000000
                  2000000
                  1000000
                        0
                             1970       1980       1990       1999         2010
          スウェーデン国民総
                    8081229 8317937 8590630 8861426 9415570
             人口
          移民数               537585      626953     790445     981633      1384929
          移民の比率               6.7        7.5        9.2        11.1        14.7


 出    所   :    ス   ウ    ェ   ー       デ   ン      統   計      年   鑑       (    S      C   B   )
http://www.scb.se/Pages/TableAndChart____26041.aspx、
 United Nations Population Division Department of Economic and Social Affairs.
International Migration 2009 .www.un.org/esa/population/unpop.htm にもとづき著者作
成


 第二次世界大戦後、スウェーデンは労働力の不足から他国からの労働者を受け入れた。
労働者の主となったのはフィンランド人である。その頃フィンランドは第二次世界大戦か
ら復興できておらず、働き口を求めたフィンランド人が大量にスウェーデンへと来たのだ。
 このように、戦後に外国出稼ぎ労働者を受け入れた国はいくつかあり、スイスやルクセ
ンブルクもまた同じである。スウェーデンやスイス国内の移民総数が多いのは、受け入れ
た出稼ぎ外国人労働者がそのまま受入国に定住したためである。
 スウェーデンは出稼ぎ労働者の受け入れから、徐々に難民や亡命者の受け入れへと変化
していった。景気の変動や国民人口の増加につれて、労働力の不足状態が緩和されたため、
入国審査は難民や亡命者のみで行われるようになった。




 移民にいくつかの種類があることは序章で記載した通りだが、どの種類の移民が多いか
は国により全く異なる。


 ヨーロッパにおける大多数の移民の内訳は、非裁量的移民である。仕事のため、そして
家族の再統合のためが多い。
 スウェーデンにおいては、非裁量的移民の比率が 95%。
                           (2003 年現在)
 スイスも同様に高く、フランスも 83%と高い。




   移入民あるいは在住者の                    移入民あるいは在住者の
     配偶者や子ども                          婚約者


                        非裁量的移民
                        とは・・・


                                   自由移動圏を移動する
          亡命認定者
                                       人々

 出典:International Migration Outlook :SOPEMI 2006
     StatLink: http://dx.doi.org/10.1786/748054673522 を基に著者作成


  一方で裁量的移民が 70%以上を占めるのがカナダ・ニュージランドである。
 一般的に選別された移民は、教育水準が高いことや、財産等を保有している場合が多い。
(政府もしくは雇用主に)選
                                   移入民あるいは在住者の最近
    別されて労働力に加わる
                                   親者(配偶者・子ども)以外
   人々、およびその配偶者と子
                                        の親族
         ども

                           裁量的移民と
                            は・・・


                                    その他のカテゴリー(国に
         第三定住した難民
                                      よってことなる)



 出典:International Migration Outlook :SOPEMI 2006
     StatLink: http://dx.doi.org/10.1786/748054673522 を基に著者作成




  下のグラフは 2008 年のスウェーデンの亡命受入数である。
 スウェーデンはフランスやイタリア、英国などと同様に、EU内の難民受け入れ上位国
となっている。
      (2008 年現在)
スウェーデンの亡命受入総数24,350人
                     (2008年)




                            その他                          イラク
                             27%                          25%




          シリア
           2%
                                                            ソマリア
        ウズベキスタン
                                                             14%
           3%
          アフガニスタン
             3% モンゴル                              セルビア
                      3%                           8%

                 イラン       エリトリア ロシア             無国籍
                  3%         4%   4%              4%

 出所:UNHCR Statistics www.unhcr.org
     Eurostat http://epp.eurostat.ec.europa.eu/portal/page/portal/eurostat/home
     に基づき著者作成


 現在はEU内の難民の受け入れ、そして難民不認定の人々の退去方法等難民に対する法
律は決められている。しかし、ヨーロッパ内においても亡命制度は各国政府によって異な
るため、国によって難民認定率は大きく異なる。
6 スウェーデンの現状


  2011 年のスウェーデンの中央統計局によると、2011 年末の人口は 948.1 万人、これは前
年比66千人の増加となっている。そのうち移民の数は44千人である。
  (http://www.scb.se/Pages/PressRelease____325912.aspx より参照)

  ちなみに海外からの移入民が 95 千人、移出民 51 千人となっている。EU 加盟国のスウェ

ーデンは、自由に行き来できる。さらに、スウェーデンは 2008 年に労働力移民についての

新たな法律が施行され、〈EU 域外からの移民には世界的にみても寛大〉になった。prop.

2007/08:147

  この法律によれば、労働滞在許可を得るには、雇用主からのオファーのみが条件で、最

初は期限付きだが、4 年後は永住も可能である。

  2011 年には合計 93050 人の外国人に滞在許可が発行された。



  EU 域内からの移民は 23226 人で前年比約 5 千人増加。

  昨年は 12726 人に滞在許可が発行され、2006-2007 年以降難民は減少となっている。

  難民が減少した主な理由は、これまで移民・難民の受け入れに寛容であったスウェーデ

ンが、厳しい移民政策を導入し、庇護を求めるイラク・アフガン難民に対して強制送還を

行うとなったからである。



  スウェーデンでは、この移民局の決定に反対する大規模な抗議デモが行われた。約30

0人のアフガン人が、スウェーデン移民局から200km もの距離を6日間にわたり、『移

民・難民の権利』を保証することを訴えながら練り歩いた。



  この抗議デモを主催した Reza Javid 氏は「スウェーデンは昔から『人権先進国』である。

にもかかわらず、非人道的で受け入れがたい今回の決定には理解できない」と IPS の取材

に応じて語った。
スウェーデン移民局による新たな移民政策について、赤十字やアムネスティなど国際

的な人道支援団体からも懸念を抱く声が出ている。スウェーデンのアフガニスタン委員会

は、スウェーデン政府はアフガニスタンの治安が安定するまで、保護を求めるアフガン難

民を受け入れるべきであると主張する。 スウェーデン移民局が「イラクやアフガンには

『武力紛争』はないものの危険な情勢にある」としている一方で、スウェーデンのウプサ

ラ大学で平和・紛争を研究している Peter 教授は「イラクやアフガンが現在、世界で最も

深刻な『武力紛争』に直面しているのは周知の事実である」と述べた。難民問題に詳しい

マデリン・セドリッツ氏は「アフガンやイラクの人々には人道的な保護と支援が必要であ

る。スウェーデンや他の EU 諸国はノンルフールマン(non-refoulement)原則(難民条約3

3条:難民を迫害の恐れのある国へ送還してはならないとする原則)に違反し、適切な対

応を怠っている」と非難した。
7 スウェーデンの移民政策の良い点、問題点


 まず一つ目に論じたいのは、序論でも記載した移民政策グループとブリティッシュ・カ
ウンシルにより作成された移民統合政策指標(MIPEX)というものについてである。
これは、6つの点を数値化し、その数値でヨーロッパ諸国を比較できるというもの。6 つの
点は以下のものである。


 ① 労働市場へのアクセス
 ② 反差別化
 ③ 長期滞在する権利
 ④ 政治参加
 ⑤ 国籍取得
 ⑥ 家族再統合


 その結果、移民統合に関する 6 つの政策分野における総合評点はスウェーデンが 88 点で
トップである。
      (2006 年)
出所:Migrant Integration Policy Index(MIPEX) www.integrationindex.eu/mapscharts
     参照


 このスコア化から見ると、スウェーデンの移民政策に対する評価の高さがわかる。
 しかし、このスコア化だけでなく他の資料からもスウェーデンの参考になる点を調べ、
このスコア化通りなのかを掘り下げる。


 ① スウェーデンでは、公費で費用を捻出し移民にスウェーデン語コースを教え、職業訓
     練にも参加してもらうように、国や労働組合のバックアップがある。
 そして生徒がバイリンガルになるように、母国語が同じ子どもが同じ地域に 5 人以上居
る場合、そうした授業をすることが法律で義務づけられている。
 受入国の言語と読みの学習は、大半のOECD諸国で、移民の労働力への参加を支援す
るためだけでなく、社会への統合を促進するためにも定住する移民にとっても、大切なこ
とである。国家の労働力の一部として移民を考えている今なら、なおさらである。
 スカンジナビア諸国の研究では、言語コースを受講する移民のほうが、受講しない生徒
よりも就職活動時に問題が生じにくいことが、明らかとなっている。しかしフルタイムの
言語コースを受けるよりも、一番長期的に見て就職活動において成功に導く影響が強いの
は、入国後 1 年の間に職務経験を得ることだと、スウェーデンの研究で明らかになってい
る。なぜかというと、就職経験がホスト国においてないのは就職活動の壁となることが挙
げられる。


 ② また、地方のある学校がロマ人の子どもへの授業の改善を目標として、ロマ人の教師
     を雇いロマ文化の要素を一般科目に取り入れている。たとえば、数学の授業で馬の飼
     養を用いた例が多く出される。女子は伝統的な刺繍の技術を学べる。
 これらはニートルプススコーラン・プログラムと呼ばれ、教師と保護者が協力した結果
中退率が大幅に下がった。


 ③    移民はスウェーデンと同じ法的な地位を与えられ、在住3年目からは地方政治への
     参政権も認められている。さらに、北欧以外の出身者は 5 年で、北欧出身者は 3 年で
     国籍が取得できる。またスウェーデン語が話せない・自信がない移民に対して、役所
     や病院において移民に通訳をつけることが法律で義務付けられている。


 ④    スウェーデンは学歴と労働技能を評価・証明するため、特別な制度を発足している。
     これはオーストラリアやデンマークでも同様である。しかし、実際に雇用主は完全な
     ものであってもそれを認めたがらない者もいる。それを表すように、スウェーデンで
     は、移民は資格が同国で与えられるものと同等であると証明されていても、同じスウ
ェーデンの資格を持つ雇用者より給与が低いという研究結果が出ている。


移民に、そして移民の子どもたち、孫たちが将来能力を備え仕事を得られるように、この
教育部分はお手本とすべきところ。




 問題点
① ただ移民のハンディがあるのも事実。スウェーデンにおいてある就職活動中の移民が、
 100社に履歴書を送ったところ面接に呼ばれた回数はゼロだった。
 これは、移民ならばスウェーデンだけでなく世界のどこでも起こりうることであり、同
時に問題点のひとつである。移民の履歴書が、信頼に値するものなのか雇用主には判断が
つきにくく、自国の企業で得た経験のほうが雇用主にとっては判断しやすい。言語、文化
的障壁をさらに考えると、高い学歴保持者、資格保持者の移民であっても就職活動に苦労
して、見合わない仕事に就くとこともある。ホテルやレストラン、農業など一部の経済部
門は、移民の労働力に依存し成り立っている。

 これに対して、野党社会民主党や労働組合らが強く反対している。

 LO(労働総同盟)は、
           「スウェーデンで清掃、レストラン業界などが EU 域外から従業員を
雇いたい理由は、非人道的な賃金や労働条件で働かせられるから」と主張している。


② スウェーデンだけではないが、不法滞在者が約 1~3%である。
 このことについては後に書く。
8 各国による移民政策の違い


 この章では、移民、そして移民政策における各国の違いを述べていく。


各国で異なった移民の内訳
 スウェーデン→人道的理由、しかし 2007 年から就労が増えてきている
 米国、フランス→結婚、同伴家族の移住が多い
 オーストラリア、カナダ、スイス→就労
 このように、国によって移民の内訳は異なる。




 英国→市民権取得希望者を対象に基礎的な言語基準を導入
   公共料金の支払いから王室や国会などの役割、英語のなまりの名称に至るまで内
  容を網羅したテスト(英国生活 Life in UK)テストに合格するように求めている。




 ・アフリカの場合、移民に対していい印象があまりない
 ・フィリピンの場合、すぐに労働者を送り込むのではなくまず自国で労働訓練をした後
に、輸出するというレアなケースも有り。
 ・日本、シンガポール、ロシアの場合、高度技能者を取り込むために技術者を獲得し雇
用することに重点を置いている。
 ・デンマークでは国民の5人に4人が就労しているが、移民の場合は3人中2人程度し
か就労できていない。


下の図は、移民に関する政府の政策(2005 年)のレベルである。スウェーデンは紫色=介
入なしである。
出 所 : UN Department of Economic and Social Affairs Population Division.
International Migration
  2006.October2006. www.un.org/esa/population/publications/2006Migration_Chart 参
照




  海外移住に関する政府の政策
出 所 : UN Department of Economic and Social Affairs Population Division.
International Migration
  2006.October2006. www.un.org/esa/population/publications/2006Migration_Chart 参
照




  移民政策によって、個人として世帯としては貧困脱出のきっかけとなる。
  国としては、移民労働者の送金は 2007 年で全世界 2500 億米ドルを超えるほどである。
(The World Bank. Data and Research. http://econ.worldbank.org
  World Development Indicators.wwww.wri.org 参照
しかもこの総数は、正規ルートからのみなので、実際非正規ルート以外を足すと莫大な
金額が送金されていることになる。経済効果を生み出す。


 ただし、自国の富と安定性が送金で保たれるかというとそうだとは言えない。
 移民送出国は多額の送金によって莫大な経済効果が期待できる一方、自国の優秀な人材
を失う恐れがある。
 欧州委員会による 2003 年の調査で明らかになっているように、米国で学ぶヨーロッパ人
の大学院生の 4 分の 3 が、博士号取得後も米国に滞在することを望んでいる。それは米国
のほうが就職の機会に恵まれていると感じているからである。


 優秀な人材流出に対する策を考えて実行している国もある。マレーシアは大規模な奨学
金制度によって、英国とオーストラリアでの教員や研究所、公務員の海外研究を実施して
おり、自国民の海外留学を支援するため、一部の国に事務所を設置している。




  また、移民が自国の職を奪うと考える国民も居る。看護・医療の分野では、すでに外
国人看護師を多く使っている。自国の看護師がいない状態で外国人看護師をすぐ探さなけ
れば、数に窮した政府が賃金をあげざるを得ない、そうすれば今よりも賃金が上がったこ
とにより看護師希望者が増え、国民も職を得るという考える人もいる。




 移民受け入れの考え方の違い
 アメリカやフランス→同化
              最終的にホスト国と社会の一員と区別できないようになる
 カナダ、オーストラリア、オランダ、イギリス→多文化主義
 出身国の文化を許可、奨励
 ヨーロッパ→同化に戻ろうとする声が近年高い




 問題点
 アイデンティティ問題
 自分が何者なのか、外国人なのかスウェーデン人なのか、スウェーデン社会とどう向き
合うか
先進国では以下の点から移民を増やそうという考えもある。
 出生率の低下
 高齢化が問題
 労働力の補充
 増加する高齢者の介護
 しかし、若い移民を一旦受け入れても何年後かに、増加した高齢者の国民と移民という
新たな問題が生じる。




 また、移民を増やすわけではなく下記の四点に焦点をあて、移民の労働力ではなく自国
民の力で国を発展させようと考える者もいる。
 ・より多くの自国民の生産性・労働力を増やす
 ・教育水準の向上
 ・退職年齢の引き上げ
 ・技能レベル向上→生産性増加
9 日本と比較して


  日本
 総人口 127.7 万人(2008 年)
 移民 2176 千人(2010 年)
 移民率 1.70(2010 年)


スウェーデンと日本を比較すると、圧倒的な移民数の違いはもちろんのこと、政策も全く
異なる。




 非正規移民の数
  スウェーデン>日本
  非正規移民は、不法またはビザなし移民と呼ばれることもあり、ビザで入国後にビザ
の期限が切れた後も滞在する移民のことである。非正規移民の数を正確に出すことは難し
いが、国勢調査や入国審査用紙等を使い推定値を導き出す。
  この非正規移民の推定数が、日本においては少ない。これはオーストラリアも同様で
あり、2005 年の推定数はそれぞれ人口の 0.2 パーセント程度である。
  一方、OECD加盟国のスウェーデンは移民の数が多く、地理的に孤立しているため
総人口の 1-3 パーセントが非正規移民であると考えられている。


  非正規移民が滞在することで、ホスト国の経済に有益な役割を果たすこともある。し
かし、非正規移民として滞在しているということは納めるべき税金等を納めていない可能
性がある。非正規移民の場合知られれば退去強制処分となるので、ホスト国の雇用主に安
い賃金で雇われ、長時間働き詰めでいい様に使われても何も言えない場合もある。
10 スウェーデンの移民政策を参考に、日本でできること


 案


・スウェーデン等のように学歴と労働技能を評価・証明する制度を実行するのはどうだろ
うか?


 ・移民社会によっては、教育水準が低い可能性がある(女性の教育がほとんど重要視さ
れていない文化の親)→スウェーデンのニートルプススコーラン・プログラムを参考に指
導する→教育水準の上昇


 ・移民がホスト社会に所属しているという意識をもつ


 ・国民もその意識をもつ




 ・EUにおける Migrant Integration Policy Index(MIPEX)   のアジアの移民統合政策指
標バージョンを作る
 →スウェーデンの政策を基に、アジア1位に
11 文献表
      ・村千鶴子 『「移民国家日本」と多文化共生論 -多文化都市・新宿の深層』 赤
      石書店、 2008 年。


      ・竹崎孜      『スウェーデンはなぜ少子国家にならなかったのか』                       あけび書房、
      2002 年。


      ・竹沢尚一郎 『移民のヨーロッパ -国際視点の比較から-』 赤石書店、2011
      年。


 ・ブライアン・キーリー 『よくわかる国際移民 一グローバル化の人間的側面』
        OECD編、 濱田久美子訳、 赤石書店、 2010 年。


        ・依光正哲 『日本の移民政策を考える 一人口減少社会の課題』 赤石書店、
      2005 年。


        ・ラッセル・キング他             『移住・移民の世界地図』                竹沢尚一郎他訳、   丸善
      出版、2011 年。




http://www.scb.se/Pages/TableAndChart____26041.aspx.
スウェーデン統計年鑑 SCB
http://www.scb.se/Pages/PressRelease____325912.aspx
http://janjan.voicejapan.org/world/0708/0708140766/1.php
12 あとがき


 今回論文を書くにあたって、自分がスウェーデンに留学していた頃は知りえなかったこ
とを深く掘り下げることができてよかった。授業の際には出てこなかったスウェーデンの
いい面、参考にするべき点を知ることが出来、さらにその政策を日本に一番しっくり合う
ようにアレンジすることを考える時間は、正直頭を悩ませることも多く、簡単な案だけで
深く述べることができなかったが、大変勉強になった。
 十分に調べ切れていない点は、今後の課題として自分なりにまた勉強していきたい。卒
業論文としては終止符を打つことになるが、これで終わりにはせずこれからもこのテーマ
に関心を持ち、自分でアンテナをはり探求していきたいと思う。
 また、今後の移民政策が移民の人々にとって、そして我々全ての人にとってますますよ
り良いものになることを強く願っている。

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  • 1. 2011 年度 国際コミュニケーション学科 卒業研究 スウェーデンの移民政策 について 8AWK1111 石川素 2012/01/20
  • 2. 1 要旨 私は、大学2年生次に大学の留学制度を活用し6ヶ月間スウェーデンに留学した。留学 先のヨーテボリ大学では、留学生のために開講されている授業が多く、そこでスウェーデ ンの文化を学んだ。恥ずかしながら、私は留学するまでスウェーデンに移民が多くいると いうことを知らなかった。実際街行く人々は多種多様の国から来ていて、最初はスウェー デン人の方が少ないのではないか、またスウェーデンにはこんなに多くの国から人が来る なんて、それほど人気なのかな、くらいにしか思わなかった。 改めて私が移民について考えるきっかけとなったのは、スウェーデンの文化という授業 においてだった。教授に配られた資料の中で、スウェーデンにて生活しているある移民の 一日が載っていた。まず明るい昼間はなるべく外に出ず、夜の暗い時間に外に出る。その 移民は随分昔明るい時間に外に出た際に、移民だというだけでスウェーデン人に罵倒され たため、昼間はひっそりと暮らすと書いていた。 一番印象に残っている教授の言葉がある。スウェーデンには多くの移民がおり、スウェ ーデン人とうまく共存しているように感じるかも知れない。移民がいることでスウェーデ ンは経済的に恩恵を受けている。だがその実、移民を好まないスウェーデン人も実は多い、 という言葉だ。外では移民の受け入れに賛成だと言うスウェーデン人でも、アンケート結 果では移民を受け入れたくないと答えた人が比較的多かったそうだ。 私にとっては、スウェーデン人も移民も持ちつ持たれつで暮らしているように見えた。 教授の言葉を聴くまでは、移民を受け入れる環境が整えられているスウェーデンのことを スウェーデン人も移民も受け入れていると感じていたのだ。なぜだか私は教授の言葉にシ ョックを感じ、授業の後にスウェーデン人の友達に移民についてどう思うか尋ねてみた。 彼らは生まれたときから移民が当たり前に居る環境だったため、特に移民に対して意識を したことはないと言っていた。ただ、移民が増えるのをよく思わない人も中にはいるとの ことだった。 移民をスウェーデンほど受け入れていない日本から来た私には、移民の事もスウェー デン人の考えも想像するのが難しかった。そして、移民の受け入れ開始が比較的最近の国 日本が将来スウェーデンのように多く受け入れることになったら、という考えを抱くよう になった。 今回は、スウェーデンの移民政策について論じ、日本との比較までできればと思う。
  • 3. 1 要旨 2 目次 3 序論 4 国際移民の歴史・現状 5 スウェーデン移民の歴史 6 スウェーデンの現状 7 スウェーデン移民政策の良い点、問題点 8 各国と比較して 9 日本と比較して 10 スウェーデンの移民政策を参考に、日本でできること(案) 11 文献表 12 あとがき
  • 4. 3 序論 2 億 1400 万人。これは何の数だろうか?これは生まれた国を出て、違う国で生活する国 際移民の数である。 (2010 年現在、United Nations Population Division Department of Economic and Social Affairs. International Migration 2009 .www.un.org/esa/population/unpop.htm) ちなみに移民という定義は、どこまでが移民なのかという明確な答えがない。永遠に外 国に定住しようと考えている人は永住移民、そして一年以内の帰国を考えている人は一時 的移民となる。 今回は統計局や人口統計の多くが基準にしている一年を移民の基準として、進めていく。 移民と一括りにしても、いくつかの種類に分けられる。 (「一時的労働移民:一定期間のみ移住する労働者のことである。1」 ) (「長期滞在する低技能移民:一般に受入国は、低技能移民には一時的な滞在を期待する が、西ヨーロッパの出稼ぎ外国人労働者の例に見られるように、一時的な滞在で終わるこ とは少ない。2」) (「高技能移民・企業移民:多国籍企業で働き転勤になる者もいれば、国際労働市場で雇 用される者もいる。高技能移民の受け入れは、一部の先進国にとって主要な焦点になりつ つある。3」) (「非正規移民:ビザなし移民、不法移民としても知られる。必要な書類は持たずに外国 に移住する移民のことである。合法的に入国しても、ビザの期限を越えて滞在したり、不 法就労したりする者もいる。世界の移民労働者には非正規労働者が多くいる。4」 ) (「難民:母国以外の国に居住し、 「迫害を受ける恐れが十分ある」ため母国に帰還でき ない者、あるいは帰還を望まない者、と国連は定義している。ほとんどのOECD諸国が 難民保護を国際的に公約している。難民は過去にはかなり多く流失していたが、現在では OECD域内への移民の主流ではない。5」 ) 1ブライアン・キーリー 『よくわかる国際移民―グローバル化の人間的側面』濱田久美 子訳、明石書店、2010 年、26 頁 2 同上 3 同上 4 同上 5 ブライアン・キーリー 『よくわかる国際移民―グローバル化の人間的側面』濱田久美 子訳、明石書店、2010 年、26 頁
  • 5. (「亡命希望者:定義は種々あるが、難民との主な違いは、亡命希望者が本国や通過国滞 在時ではなく、受入国到着時に難民としての保護を求める点である。亡命申請は各国政府 にお却下されることが多い。6」) (「強制移民:難民や亡命希望者のほか、飢餓や自然災害から逃れてくる人々も含まれる。 7」) (「家族移民(家族再統合と家族形成):すでに外国に居住している家族と合流する人々 と、外国の居住者と結婚した者あるいは結婚を予定している者のことである。家族を呼び 寄せたり、新たに家族を形成したりする権利は、オーストラリア、カナダ、米国のほか、 大半のEU加盟国を含む多くの国で広く認められているが、許可対象者に関する規定にか なりの違いがある。8」) (「帰還移民:一定期間海外に居住した後、出身国に戻る人々を指す。9」 ) (「出典:Where Immigrant students Succeed: A Comparative Reviews of Performance and Engagement in PISA 2003(OECD, 2006) の資料を基に、スティーブン・キャッスル ズ(Stephen Castles)の研究を参照した。10」 ) 学生や才能ある労働者、工事労働者や難民、日雇い労働者と多種多様である。 グローバル化の影響で、我々は日々出身地や宗教、文化や習慣が全く違う人々と出会い、 混ざり合い生活している。異なるバックグラウンドをもつ相手と共存することの楽しさ、 そして難しさ。それは現在の社会で生活している者たちの特権である。お互いが気持ちよ く接するために大事なこととは、自分と相手が互いを気遣い合うことである。そして、そ れをバックアップする周りの力や公的な力が大切である。 スウェーデンの移民政策は、統合に関する六つの政策分野における総合評点(移民政策 グループとブリティッシュ・カウンシルにより作成された移民統合政策指標(MIPEX)) で一番に輝いた。 今回は、その一番になったスウェーデンの移民政策について深く掘り下げてみようと思 う。 我々が住んでいる日本は、近年移民を受け入れ始めた国である。これまでの日本は、ス ウェーデンのようには移民を受け入れてこなかった。そのため、日本国として移民政策に 6 同上 7 同上 8 同上 9 同上 10 同上
  • 7. 4 国際移民の歴史・現状 スウェーデンの移民政策を調べる前に、まず国際移民の簡単な流れを記していく。この 流れを知ることで、論文のテーマであるスウェーデンという国の移民事情をさらに深く学 びとれる。 国際移民数 250,000,000 200,000,000 150,000,000 100,000,000 50,000,000 0 1965年 2000年 2010年 出所:United Nations Population Division Department of Economic and Social Affairs. International Migration 2009 .www.un.org/esa/population/unpop.htm に基づき著者作成 上記のグラフは国際移民数を表したグラフである。このグラフのとおり、国際移民数は 増加の一途をたどる。1965 年は世界の人口の内 2.3%を占め、7500 万人だった国際移民数 が 2000 年には 1 億 7500 万人までに伸びる。これは世界の人口の 2.9%である。昨年 2010 年はついに 2 億に達し 2 億 1400 万人となり、世界の人口の 3%となった。
  • 8. 2005 年~2010 年に貧しい国から豊かな国に移動した移民数は毎年 270 万人である。 出所:United Nations Population Division Department of Economic and Social Affairs. International Migration 2009 .www.un.org/esa/population/unpop.htm 参照 国際移民の歴史をたどると、古くは 1450 年から奴隷の強制移動に始まる。奴隷の移住 は商品生産の基本要素であった。19 世紀の奴隷制度が廃止され、奴隷の代わりとなる新た な安価な労働力となったのは、年季奉公労働者だった。彼らは植民地に向かい契約により 働いた。その後の大移住は、19 世紀から 20 世紀にかけてヨーロッパ人が米国に移動した。 この大移住は国際的な人間の自由な行動として、最大規模であった。 そして、移住による国家形成となる。開拓移民の表向きの目的は農耕に適したと土地づ くりであった。と同時に、国家形成と中央国家の支配下にある国土を目指していた。 ヨーロッパによる約 500 年に及ぶ植民地化には、人々の移住をもたらした。 そして迫害の結果、強制的に亡命した人々がいた。ユダヤ人やパレスチナ人、クルド人 を言う。 また静かな移民も忘れてはいけない。家族結合を目的とする移民は志願移民の重要な要 素であり、南北アメリカやオーストラリアへのヨーロッパ人移民に代表される。1970 年代 全半の第一次石油危機以降、家族結合はとくに重要となった。 世界的金融危機の後、自国民の雇用保護目的のために移民を受け入れない政治的圧力も あった。オイルショック以降、ヨーロッパの数多くの国々そしてフランス、ドイツは南部 からの移民を制限するため、移民が自国に戻ることを推奨した。 経済が回復しだした 1990 年代は移民を受け入れようとする国もでてきた。
  • 9. 2005 年、当時のEU加盟国中 6 カ国移民の雇用拡大で、7 カ国が移民を減らそうとし た。 しかし 2005 年国連の調査において、高技能移民の受け入れ増加を計画している国は 46 カ国の中心国・先進国中 15 カ国も計画しているとのことだった。 5 スウェーデンの移民の歴史 国際移民のおおまかな流れが理解できたところで、今度はスウェーデンに焦点を絞って いく。 スウェーデン国民総人口と移民数 10000000 9000000 8000000 7000000 6000000 5000000 4000000 3000000 2000000 1000000 0 1970 1980 1990 1999 2010 スウェーデン国民総 8081229 8317937 8590630 8861426 9415570 人口 移民数 537585 626953 790445 981633 1384929 移民の比率 6.7 7.5 9.2 11.1 14.7 出 所 : ス ウ ェ ー デ ン 統 計 年 鑑 ( S C B ) http://www.scb.se/Pages/TableAndChart____26041.aspx、 United Nations Population Division Department of Economic and Social Affairs. International Migration 2009 .www.un.org/esa/population/unpop.htm にもとづき著者作 成 第二次世界大戦後、スウェーデンは労働力の不足から他国からの労働者を受け入れた。 労働者の主となったのはフィンランド人である。その頃フィンランドは第二次世界大戦か ら復興できておらず、働き口を求めたフィンランド人が大量にスウェーデンへと来たのだ。 このように、戦後に外国出稼ぎ労働者を受け入れた国はいくつかあり、スイスやルクセ ンブルクもまた同じである。スウェーデンやスイス国内の移民総数が多いのは、受け入れ た出稼ぎ外国人労働者がそのまま受入国に定住したためである。 スウェーデンは出稼ぎ労働者の受け入れから、徐々に難民や亡命者の受け入れへと変化
  • 10. していった。景気の変動や国民人口の増加につれて、労働力の不足状態が緩和されたため、 入国審査は難民や亡命者のみで行われるようになった。 移民にいくつかの種類があることは序章で記載した通りだが、どの種類の移民が多いか は国により全く異なる。 ヨーロッパにおける大多数の移民の内訳は、非裁量的移民である。仕事のため、そして 家族の再統合のためが多い。 スウェーデンにおいては、非裁量的移民の比率が 95%。 (2003 年現在) スイスも同様に高く、フランスも 83%と高い。 移入民あるいは在住者の 移入民あるいは在住者の 配偶者や子ども 婚約者 非裁量的移民 とは・・・ 自由移動圏を移動する 亡命認定者 人々 出典:International Migration Outlook :SOPEMI 2006 StatLink: http://dx.doi.org/10.1786/748054673522 を基に著者作成 一方で裁量的移民が 70%以上を占めるのがカナダ・ニュージランドである。 一般的に選別された移民は、教育水準が高いことや、財産等を保有している場合が多い。
  • 11. (政府もしくは雇用主に)選 移入民あるいは在住者の最近 別されて労働力に加わる 親者(配偶者・子ども)以外 人々、およびその配偶者と子 の親族 ども 裁量的移民と は・・・ その他のカテゴリー(国に 第三定住した難民 よってことなる) 出典:International Migration Outlook :SOPEMI 2006 StatLink: http://dx.doi.org/10.1786/748054673522 を基に著者作成 下のグラフは 2008 年のスウェーデンの亡命受入数である。 スウェーデンはフランスやイタリア、英国などと同様に、EU内の難民受け入れ上位国 となっている。 (2008 年現在)
  • 12. スウェーデンの亡命受入総数24,350人 (2008年) その他 イラク 27% 25% シリア 2% ソマリア ウズベキスタン 14% 3% アフガニスタン 3% モンゴル セルビア 3% 8% イラン エリトリア ロシア 無国籍 3% 4% 4% 4% 出所:UNHCR Statistics www.unhcr.org Eurostat http://epp.eurostat.ec.europa.eu/portal/page/portal/eurostat/home に基づき著者作成 現在はEU内の難民の受け入れ、そして難民不認定の人々の退去方法等難民に対する法 律は決められている。しかし、ヨーロッパ内においても亡命制度は各国政府によって異な るため、国によって難民認定率は大きく異なる。
  • 13. 6 スウェーデンの現状 2011 年のスウェーデンの中央統計局によると、2011 年末の人口は 948.1 万人、これは前 年比66千人の増加となっている。そのうち移民の数は44千人である。 (http://www.scb.se/Pages/PressRelease____325912.aspx より参照) ちなみに海外からの移入民が 95 千人、移出民 51 千人となっている。EU 加盟国のスウェ ーデンは、自由に行き来できる。さらに、スウェーデンは 2008 年に労働力移民についての 新たな法律が施行され、〈EU 域外からの移民には世界的にみても寛大〉になった。prop. 2007/08:147 この法律によれば、労働滞在許可を得るには、雇用主からのオファーのみが条件で、最 初は期限付きだが、4 年後は永住も可能である。 2011 年には合計 93050 人の外国人に滞在許可が発行された。 EU 域内からの移民は 23226 人で前年比約 5 千人増加。 昨年は 12726 人に滞在許可が発行され、2006-2007 年以降難民は減少となっている。 難民が減少した主な理由は、これまで移民・難民の受け入れに寛容であったスウェーデ ンが、厳しい移民政策を導入し、庇護を求めるイラク・アフガン難民に対して強制送還を 行うとなったからである。 スウェーデンでは、この移民局の決定に反対する大規模な抗議デモが行われた。約30 0人のアフガン人が、スウェーデン移民局から200km もの距離を6日間にわたり、『移 民・難民の権利』を保証することを訴えながら練り歩いた。 この抗議デモを主催した Reza Javid 氏は「スウェーデンは昔から『人権先進国』である。 にもかかわらず、非人道的で受け入れがたい今回の決定には理解できない」と IPS の取材 に応じて語った。
  • 14. スウェーデン移民局による新たな移民政策について、赤十字やアムネスティなど国際 的な人道支援団体からも懸念を抱く声が出ている。スウェーデンのアフガニスタン委員会 は、スウェーデン政府はアフガニスタンの治安が安定するまで、保護を求めるアフガン難 民を受け入れるべきであると主張する。 スウェーデン移民局が「イラクやアフガンには 『武力紛争』はないものの危険な情勢にある」としている一方で、スウェーデンのウプサ ラ大学で平和・紛争を研究している Peter 教授は「イラクやアフガンが現在、世界で最も 深刻な『武力紛争』に直面しているのは周知の事実である」と述べた。難民問題に詳しい マデリン・セドリッツ氏は「アフガンやイラクの人々には人道的な保護と支援が必要であ る。スウェーデンや他の EU 諸国はノンルフールマン(non-refoulement)原則(難民条約3 3条:難民を迫害の恐れのある国へ送還してはならないとする原則)に違反し、適切な対 応を怠っている」と非難した。
  • 15. 7 スウェーデンの移民政策の良い点、問題点 まず一つ目に論じたいのは、序論でも記載した移民政策グループとブリティッシュ・カ ウンシルにより作成された移民統合政策指標(MIPEX)というものについてである。 これは、6つの点を数値化し、その数値でヨーロッパ諸国を比較できるというもの。6 つの 点は以下のものである。 ① 労働市場へのアクセス ② 反差別化 ③ 長期滞在する権利 ④ 政治参加 ⑤ 国籍取得 ⑥ 家族再統合 その結果、移民統合に関する 6 つの政策分野における総合評点はスウェーデンが 88 点で トップである。 (2006 年)
  • 16. 出所:Migrant Integration Policy Index(MIPEX) www.integrationindex.eu/mapscharts 参照 このスコア化から見ると、スウェーデンの移民政策に対する評価の高さがわかる。 しかし、このスコア化だけでなく他の資料からもスウェーデンの参考になる点を調べ、 このスコア化通りなのかを掘り下げる。 ① スウェーデンでは、公費で費用を捻出し移民にスウェーデン語コースを教え、職業訓 練にも参加してもらうように、国や労働組合のバックアップがある。 そして生徒がバイリンガルになるように、母国語が同じ子どもが同じ地域に 5 人以上居 る場合、そうした授業をすることが法律で義務づけられている。 受入国の言語と読みの学習は、大半のOECD諸国で、移民の労働力への参加を支援す るためだけでなく、社会への統合を促進するためにも定住する移民にとっても、大切なこ とである。国家の労働力の一部として移民を考えている今なら、なおさらである。 スカンジナビア諸国の研究では、言語コースを受講する移民のほうが、受講しない生徒 よりも就職活動時に問題が生じにくいことが、明らかとなっている。しかしフルタイムの 言語コースを受けるよりも、一番長期的に見て就職活動において成功に導く影響が強いの は、入国後 1 年の間に職務経験を得ることだと、スウェーデンの研究で明らかになってい る。なぜかというと、就職経験がホスト国においてないのは就職活動の壁となることが挙 げられる。 ② また、地方のある学校がロマ人の子どもへの授業の改善を目標として、ロマ人の教師 を雇いロマ文化の要素を一般科目に取り入れている。たとえば、数学の授業で馬の飼 養を用いた例が多く出される。女子は伝統的な刺繍の技術を学べる。 これらはニートルプススコーラン・プログラムと呼ばれ、教師と保護者が協力した結果 中退率が大幅に下がった。 ③ 移民はスウェーデンと同じ法的な地位を与えられ、在住3年目からは地方政治への 参政権も認められている。さらに、北欧以外の出身者は 5 年で、北欧出身者は 3 年で 国籍が取得できる。またスウェーデン語が話せない・自信がない移民に対して、役所 や病院において移民に通訳をつけることが法律で義務付けられている。 ④ スウェーデンは学歴と労働技能を評価・証明するため、特別な制度を発足している。 これはオーストラリアやデンマークでも同様である。しかし、実際に雇用主は完全な ものであってもそれを認めたがらない者もいる。それを表すように、スウェーデンで は、移民は資格が同国で与えられるものと同等であると証明されていても、同じスウ
  • 17. ェーデンの資格を持つ雇用者より給与が低いという研究結果が出ている。 移民に、そして移民の子どもたち、孫たちが将来能力を備え仕事を得られるように、この 教育部分はお手本とすべきところ。 問題点 ① ただ移民のハンディがあるのも事実。スウェーデンにおいてある就職活動中の移民が、 100社に履歴書を送ったところ面接に呼ばれた回数はゼロだった。 これは、移民ならばスウェーデンだけでなく世界のどこでも起こりうることであり、同 時に問題点のひとつである。移民の履歴書が、信頼に値するものなのか雇用主には判断が つきにくく、自国の企業で得た経験のほうが雇用主にとっては判断しやすい。言語、文化 的障壁をさらに考えると、高い学歴保持者、資格保持者の移民であっても就職活動に苦労 して、見合わない仕事に就くとこともある。ホテルやレストラン、農業など一部の経済部 門は、移民の労働力に依存し成り立っている。 これに対して、野党社会民主党や労働組合らが強く反対している。 LO(労働総同盟)は、 「スウェーデンで清掃、レストラン業界などが EU 域外から従業員を 雇いたい理由は、非人道的な賃金や労働条件で働かせられるから」と主張している。 ② スウェーデンだけではないが、不法滞在者が約 1~3%である。 このことについては後に書く。
  • 18. 8 各国による移民政策の違い この章では、移民、そして移民政策における各国の違いを述べていく。 各国で異なった移民の内訳 スウェーデン→人道的理由、しかし 2007 年から就労が増えてきている 米国、フランス→結婚、同伴家族の移住が多い オーストラリア、カナダ、スイス→就労 このように、国によって移民の内訳は異なる。 英国→市民権取得希望者を対象に基礎的な言語基準を導入 公共料金の支払いから王室や国会などの役割、英語のなまりの名称に至るまで内 容を網羅したテスト(英国生活 Life in UK)テストに合格するように求めている。 ・アフリカの場合、移民に対していい印象があまりない ・フィリピンの場合、すぐに労働者を送り込むのではなくまず自国で労働訓練をした後 に、輸出するというレアなケースも有り。 ・日本、シンガポール、ロシアの場合、高度技能者を取り込むために技術者を獲得し雇 用することに重点を置いている。 ・デンマークでは国民の5人に4人が就労しているが、移民の場合は3人中2人程度し か就労できていない。 下の図は、移民に関する政府の政策(2005 年)のレベルである。スウェーデンは紫色=介 入なしである。
  • 19. 出 所 : UN Department of Economic and Social Affairs Population Division. International Migration 2006.October2006. www.un.org/esa/population/publications/2006Migration_Chart 参 照 海外移住に関する政府の政策
  • 20.
  • 21. 出 所 : UN Department of Economic and Social Affairs Population Division. International Migration 2006.October2006. www.un.org/esa/population/publications/2006Migration_Chart 参 照 移民政策によって、個人として世帯としては貧困脱出のきっかけとなる。 国としては、移民労働者の送金は 2007 年で全世界 2500 億米ドルを超えるほどである。 (The World Bank. Data and Research. http://econ.worldbank.org World Development Indicators.wwww.wri.org 参照
  • 22. しかもこの総数は、正規ルートからのみなので、実際非正規ルート以外を足すと莫大な 金額が送金されていることになる。経済効果を生み出す。 ただし、自国の富と安定性が送金で保たれるかというとそうだとは言えない。 移民送出国は多額の送金によって莫大な経済効果が期待できる一方、自国の優秀な人材 を失う恐れがある。 欧州委員会による 2003 年の調査で明らかになっているように、米国で学ぶヨーロッパ人 の大学院生の 4 分の 3 が、博士号取得後も米国に滞在することを望んでいる。それは米国 のほうが就職の機会に恵まれていると感じているからである。 優秀な人材流出に対する策を考えて実行している国もある。マレーシアは大規模な奨学 金制度によって、英国とオーストラリアでの教員や研究所、公務員の海外研究を実施して おり、自国民の海外留学を支援するため、一部の国に事務所を設置している。 また、移民が自国の職を奪うと考える国民も居る。看護・医療の分野では、すでに外 国人看護師を多く使っている。自国の看護師がいない状態で外国人看護師をすぐ探さなけ れば、数に窮した政府が賃金をあげざるを得ない、そうすれば今よりも賃金が上がったこ とにより看護師希望者が増え、国民も職を得るという考える人もいる。 移民受け入れの考え方の違い アメリカやフランス→同化 最終的にホスト国と社会の一員と区別できないようになる カナダ、オーストラリア、オランダ、イギリス→多文化主義 出身国の文化を許可、奨励 ヨーロッパ→同化に戻ろうとする声が近年高い 問題点 アイデンティティ問題 自分が何者なのか、外国人なのかスウェーデン人なのか、スウェーデン社会とどう向き 合うか
  • 23. 先進国では以下の点から移民を増やそうという考えもある。 出生率の低下 高齢化が問題 労働力の補充 増加する高齢者の介護 しかし、若い移民を一旦受け入れても何年後かに、増加した高齢者の国民と移民という 新たな問題が生じる。 また、移民を増やすわけではなく下記の四点に焦点をあて、移民の労働力ではなく自国 民の力で国を発展させようと考える者もいる。 ・より多くの自国民の生産性・労働力を増やす ・教育水準の向上 ・退職年齢の引き上げ ・技能レベル向上→生産性増加
  • 24. 9 日本と比較して 日本 総人口 127.7 万人(2008 年) 移民 2176 千人(2010 年) 移民率 1.70(2010 年) スウェーデンと日本を比較すると、圧倒的な移民数の違いはもちろんのこと、政策も全く 異なる。 非正規移民の数 スウェーデン>日本 非正規移民は、不法またはビザなし移民と呼ばれることもあり、ビザで入国後にビザ の期限が切れた後も滞在する移民のことである。非正規移民の数を正確に出すことは難し いが、国勢調査や入国審査用紙等を使い推定値を導き出す。 この非正規移民の推定数が、日本においては少ない。これはオーストラリアも同様で あり、2005 年の推定数はそれぞれ人口の 0.2 パーセント程度である。 一方、OECD加盟国のスウェーデンは移民の数が多く、地理的に孤立しているため 総人口の 1-3 パーセントが非正規移民であると考えられている。 非正規移民が滞在することで、ホスト国の経済に有益な役割を果たすこともある。し かし、非正規移民として滞在しているということは納めるべき税金等を納めていない可能 性がある。非正規移民の場合知られれば退去強制処分となるので、ホスト国の雇用主に安 い賃金で雇われ、長時間働き詰めでいい様に使われても何も言えない場合もある。
  • 25. 10 スウェーデンの移民政策を参考に、日本でできること 案 ・スウェーデン等のように学歴と労働技能を評価・証明する制度を実行するのはどうだろ うか? ・移民社会によっては、教育水準が低い可能性がある(女性の教育がほとんど重要視さ れていない文化の親)→スウェーデンのニートルプススコーラン・プログラムを参考に指 導する→教育水準の上昇 ・移民がホスト社会に所属しているという意識をもつ ・国民もその意識をもつ ・EUにおける Migrant Integration Policy Index(MIPEX) のアジアの移民統合政策指 標バージョンを作る →スウェーデンの政策を基に、アジア1位に
  • 26. 11 文献表 ・村千鶴子 『「移民国家日本」と多文化共生論 -多文化都市・新宿の深層』 赤 石書店、 2008 年。 ・竹崎孜 『スウェーデンはなぜ少子国家にならなかったのか』 あけび書房、 2002 年。 ・竹沢尚一郎 『移民のヨーロッパ -国際視点の比較から-』 赤石書店、2011 年。 ・ブライアン・キーリー 『よくわかる国際移民 一グローバル化の人間的側面』 OECD編、 濱田久美子訳、 赤石書店、 2010 年。 ・依光正哲 『日本の移民政策を考える 一人口減少社会の課題』 赤石書店、 2005 年。 ・ラッセル・キング他 『移住・移民の世界地図』 竹沢尚一郎他訳、 丸善 出版、2011 年。 http://www.scb.se/Pages/TableAndChart____26041.aspx. スウェーデン統計年鑑 SCB http://www.scb.se/Pages/PressRelease____325912.aspx http://janjan.voicejapan.org/world/0708/0708140766/1.php
  • 27. 12 あとがき 今回論文を書くにあたって、自分がスウェーデンに留学していた頃は知りえなかったこ とを深く掘り下げることができてよかった。授業の際には出てこなかったスウェーデンの いい面、参考にするべき点を知ることが出来、さらにその政策を日本に一番しっくり合う ようにアレンジすることを考える時間は、正直頭を悩ませることも多く、簡単な案だけで 深く述べることができなかったが、大変勉強になった。 十分に調べ切れていない点は、今後の課題として自分なりにまた勉強していきたい。卒 業論文としては終止符を打つことになるが、これで終わりにはせずこれからもこのテーマ に関心を持ち、自分でアンテナをはり探求していきたいと思う。 また、今後の移民政策が移民の人々にとって、そして我々全ての人にとってますますよ り良いものになることを強く願っている。